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【船宿めぐり】

【船宿めぐり】全国の船宿をご紹介します 〜毎週更新〜

2010年6月24日(木曜日)

外房 大原 大吉丸

大吉丸 中田文彦船長

手抜きなしで勝負

千葉県最大級の遊漁船基地である外房・大原港。そこで釣り船・大吉丸を営むのが中田文彦船長(50歳)だ。

二代目船長としてキャリアは35年。初めのころは職漁も兼ね、ヒラメの引っ張りからカツオ、メヌケ、イセエビ漁などを経験。根を知り尽くし、ヒラメやイサキ、アカイカ、オニカサゴなど季節に応じた大原沖の豊富な魚種に対応している。

小学校時代から毎日近くの川で釣りをしていたほどの大の釣りキチ。釣り人の気持ちがよく分かり、一切の手抜きなしに最後の最後まであきらめず、時間ギリギリまで釣らせたい気持ちが先行して勝負をかけるという。
ヒラメに特に力を入れており、エサの付け方とサオの選択が5割以上と、釣らせる理論は確固たるもの。大原ではヒラメは普通横流しで狙うが、流しっぱなしの運任せではなく、時に帆を上げて積極的にポイントを探る釣りも行うという。ブームのひとつテンヤマダイにも対応。釣り大好き船長だけに技術的には問題なく入り込んでいる。

まだ若々しい笑顔を見せる気さくな船長だが、同宿では船長以上に常連が気さくで親切。慣れない初めてのお客には特にやさしく教えてくれるという。船長がいたらない分は常連がフォローし、面倒見てくれるのがセールスポイントという、ちょっと行きたくなる船宿だ。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2010年6月25日号より抜粋

大吉丸
0470(62)1903


2010年6月10日(木曜日)

外房 片貝 吉栄丸

吉栄丸 川口吉男船長

独自の釣り場開拓

片貝の吉栄丸といえばヒラメ釣りというイメージが強い。しかし、川口吉男船長はハナダイでも何でも釣らせる腕は一級品。

職漁の家に生まれ、3代目としてアカガイやハマグリ、ヒラメなどを取っていたが、アカガイが全滅したのを機に釣り船に転向して約20年。片貝沖の海は庭のようなものでポイントは熟知しており、どの釣り物にも対応できる。

片貝恒例の秋のハナダイ釣り大会で連続して優勝者を出すほどだ。しかし、同港でハナダイは多くの釣り船が狙っているので、あえて競合せずにヒラメに力を入れるようになった。

船団の中に入るのを好まない船長は、他船のいない場所、行かない場所を攻めるので、独自のポイントを数多く持っている。自身を強情者、偏屈者という船長は仲間の無線を無視して単独行。移動の際も常に新しいポイントを探ることを怠らない。

海が好き、釣りが好きという船長はほとんど毎日サオを出す。風呂と寝る時以外は必ずトレードマークの鉢巻をつけ、あくまでマイペース。先代は「海の中にはお金が落ちている。拾えるか拾えないかは努力次第」が口ぐせ。その教えを、乗せてナンボの乗合船でも実践。今ではヒラメ1本でお客さんが来てくれるようになった。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2010年6月11日号より抜粋

吉栄丸
0475(76)5637


2010年5月27日(木曜日)

千葉 富里 コリュッシュ

コリュッシュ 佐藤孝洋さん

室内で味わう感動

千葉県富里にある海水魚の釣り堀・コリュッシュ。経営する佐藤孝洋さん(50歳)は大学時代にアルバイトから入った活魚問屋で働いていたが、折からの海水魚ブームで需要が拡大。海外からのロブスターやアワビなどの仕入れ担当となり、成田営業所の責任者にもなった。現在は独立して海外からアワビ、トコブシなどを輸入して、空港近くの施設で蓄養して卸すのを本業にしている。

活魚問屋にいただけに海水の管理はお手のもの。アジ、マダイ、ハマチなどの活魚を水槽でいかに活かすかという技術を駆使し、いつかは内陸で釣り堀を始めようと構想を練っていたという。

海水の釣り堀が内陸にあるからこそ驚きと感動、喜びが増すと考える社長は、釣り人目線ではなく、あくまでも家族や子ども目線での釣りを重視。もちろん本格派の釣り人にも満足してもらえるように、シマアジやカンパチなどの高級魚を入れて目を引く算段は抜かりがない。

雨なし、風なしをうたう室内釣り堀ではあるが、大型を釣って大人も子どもも感動し、食べて美味しいと喜んでもらいたいのが一番のコンセプト。今後は群馬、埼玉などの海なし県での第2、第3のコリュッシュ展開に向けてのノウハウを蓄積すべく只今勉強中。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2010年5月28日号より抜粋

コリュッシュ
090(4524)9539


2010年5月13日(木曜日)

外房 片貝 喜美丸

喜美丸 小栗山健一若船長

コマセにこだわり

都心に一番近い外房の遊漁基地・片貝港。大型船を擁する船宿が多く、ハナダイをメーンにヒラメやイサキ、根魚などを狙っている。その中の一軒・喜美丸の二代目を目指しているのが小栗山健一若船長(34)だ。

同宿の勝彦大船長は職漁から始め、約25年の遊漁船の経験を持つ。その物腰は柔らかく面倒見のよいソフトな印象。同様に若船長も人当たりのよさで釣り人の心をつかみ、船上ではなかなかの人気者だ。ガソリンスタンドで仕事をしていたが24歳から助手として働き、現在に至る。

ハナダイを周年メーンに季節に応じてイサキやアジ、青物などを狙う。職漁でならした大船長のポイント熟知で釣らせることはもちろん、釣り人が一日気持ちよく釣りを楽しんでもらうためのフォローも抜かりがない。コマセひとつとっても、きれいに海水で洗い、新鮮な状態を保つ。また、付けエサとなるバイオベイトの切り方からコマセの補充など、釣り人が集中できるよう気配りを怠らない。

土産作りのためにサオを出すこともあるが、自分で釣りをするより客が釣って喜ぶのを見るのが楽しいという若船長。将来は「親父を超えるのが目標」と言うだけに、本格的に舵を握るようになれば、釣り本来の楽しさ、価値観をより引き出してくれそうだ。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2010年5月14日号より抜粋

喜美丸
0475(76)2673


2010年3月25日(木曜日)

外房 片貝 九十九里海釣りセンター

九十九里海釣りセンター 近藤正義オーナー

手軽に高級魚が狙える

関東初の本格的な海の釣り堀として、11年前にオープンした外房片貝にある九十九里海釣りセンター。

オーナーの近藤正義氏は無類の大物磯釣り師で、磯から180キロのイソマグロを上げた記録をもつほど。西表島、など国内の有名な大物釣り場に遠征していた。

名古屋で事業をしていたが、近畿圏での海上釣り堀ブームに目をつけ、誰でも簡単に大物とのファイトが楽しめるようにとこの道に参入。しかし、近畿圏にある海上釣り堀は網で仕切った中で釣るため、逃げ場がない魚にとって不公平。そこで陸上に50メートル四方で魚が走れ、なおかつ島を造ることで魚がハリから逃げる機会を与える現在の釣り場形式にした。魚対人間のもっとも自然に近い勝負ができる環境だ。

近畿圏での釣り堀のノウハウを持って関東に進出したが、イソマグロやGTを入れられないので、カンパチやブリ・ワラサを放流。人間と魚の知恵比べ、力比べで何とか取れるギリギリの大物を放流して釣り人を熱くしている。カンパチやワラサが群泳する光景は興奮ものだ。

美人姉妹が受付で迎えてくれる同センターは、シケも船酔いも関係なく大物はもちろん、マダイなど高級魚を手軽に狙えるので家族連れにも最適。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2010年3月26日号より抜粋

九十九里海釣りセンター
0475(76)8678


2009年11月26日(木曜日)

外房 大原 き栄丸

き栄丸 佐藤芳明船長

研究に余念がない

今一番人気が上昇した釣りといえば、ひとつテンヤのシャクリマダイ釣り、と言ってもいいくらい人気が高い。

紀州から伝えられたビシマ釣りが全盛の地にあって、竹岡や洲の崎の手バネのシャクリ釣りをリールシャクリに進化させ広めたのが、「大原シャクリの元祖」とも言われる大原・き栄丸の佐藤芳明船長だ。

自身が釣り好きで、いろいろなジャンルの魚に挑戦している。淡水のヘラもターゲットのひとつでウキを自製するほどの器用さを持つ。仕掛け作りにも余念がなく、テンヤはもちろん、イサキ釣りに革命をもたらしたカラーバリのパイオニアでもある。そしてリールシャクリの究極ともいうべきスピニングリールのひとつテンヤにたどりついた。初めはキスザオから入り、サオメーカーと実釣を重ねて開発。波長に合わせテンヤが上がらない長さと、大ダイにも十分耐えられるき栄丸ブランドを造りあげた。

普段は気のいい船長は、海の上では別人かと思うほど人一倍熱心な釣らせる船長へと豹変する。

大原は古くからマダイの宝庫と言われマダイ専門の釣り船が多くあったが、今はヒラメやフグなど季節の釣り物が盛んになり、マダイ専門は数えるほど。その中にあって、マダイ釣りの楽しさを多くの人に知らしめた船長は、あくなき探究心で新たな釣り方の研究に余念がなさそうだ。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2009年11月27日号より抜粋

き栄丸
0470(62)1805


2009年11月5日(木曜日)

外房 大原 春栄丸

春栄丸 永一若船長

明るく熱心に指導

外房大原港は千葉県最大の釣り船数を誇り、豊富な釣魚に恵まれ釣り人に絶大の人気がある。そこで釣り船「春栄丸」を営むのが白川清一船長。そして船長のよきアシスタントとして、日々活躍するのが三代目を目指す永一若船長(27歳)だ。

10月から解禁したヒラメを釣らせる船長として白川船長の人気は高い。独特のマイクパフォーマンスで、初心者には徹底して釣り方を繰り返し指導。言葉の船長と、実地の永一若船長のダブル指導で、まったくのヒラメ初挑戦の釣り人がサオ頭になることもたびたび。

先代はビシマの大ダイ釣り専門だったが、今は広く釣り人のニーズに応えるため、秋からはヒラメ、初夏はイサキ。合間にヤリイカやアカイカ。そして午後はシャクリマダイにも出船している。

永一若船長は、高校まではまったく釣りの経験はなし。しかし、職業として船に乗ってからはベテランのワザを盗み、独自で釣り方を研究して次第に釣り好きになった。

実際にサオを出して、積んだ経験からくる釣り理論は相当なもので、ヒラメに関しては大船長も一目置くほど。明るい性格は釣り人に評判がよく、何でも気さくに応えてくれる。開設したブログでは一日3、4回更新。船上からの最新情報を熱心に発信してくれる。釣り人にいかに釣ってもらうか、釣らせるかという情熱を肌で感じる好青年だ。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2009年11月6日号より抜粋

春栄丸
ブログはこちら=http://ameblo.jp/harueimaru/
0470(62)1098


2009年10月8日(木曜日)

外房 大原 はなぶさ丸

はなぶさ丸 山口信幸船長

釣らせる自信あり

日本一の水揚げを誇る伊勢エビと、江戸時代から続く勇壮な裸祭りで有名な千葉県大原。外房きっての釣り船数を誇り、沖には複雑な根が無数にあり好ポイントが点在している。四季折々の豊富な魚種は釣り人のサオを休めるひまを与えない。

その大原で釣り船「はなぶさ丸」を営むのが山口信幸船長だ。

先代の伊勢エビ漁を継ぎ、かたわらで釣り船を始めた船長は根っからの釣り好き。長年の網掛けで大原沖の海底は手に取るように把握している。

最近はハイテク機器のおかげで経験があまりない若い船頭でも機械任せで当り前のように操船して釣らせることができる時代。とはいっても自然相手は機械では及ばぬこともあり、そんな時に長年培った年期が物を言う。

魚を釣らせるのが船頭の使命と自覚しており、喜んでもらえるよう努力するのも楽しみのひとつと自らサオを出して実践、研究。好きこそ物の上手なれで、釣り人へのアドバイスは的をえて説得力がある。

高校時代に野球が好きだったこともあり、今はソフトボールを愛好。仲間でチームを作り集まってはプレーに興じているが、仲間とのふれあいを大事にする精神が船上での釣り人との対話にも活かされているようだ。大原名物の裸祭りには血が騒ぐという船長は、豪快ではあるが繊細な心配りもできる海の男だ。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2009年10月9日号より抜粋

▼はなぶさ丸
0470(62)1750


2009年5月8日(金曜日)

外房 片貝 増栄丸

増栄丸 熱田重一船長

魚群求め真剣勝負

外房で東京から一番近いと言われる片貝。イワシで有名な海は、ハナダイやヒラメをはじめ、多彩な魚種が釣れる一級の好釣り場が点在している。都心から1時間ちょっとの便利さから釣り人の人気は高く、快適装備の整った大型船を擁する船宿が多い。そのひとつが熱田重一船長(55歳)が営む増栄丸だ。

実家は職漁で赤貝などを採る漁師をしていたが、高校卒業後は会社勤めのサラリーマン生活を送った。22歳の時に人手不足から実家を手伝うことになり正式に職漁の道へと入った。

10年間職漁を続けたが、活イワシが手に入るようになり、ヒラメ釣りができるようになったのを機に、23年前に釣り船に転向。ヒラメや沖の深場釣りを得意としていたが、片貝と言えばハナダイと言われるだけに、ハナダイ人気は高く、次第にハナダイメーンの出船へと移行していった。それでもヒラメの解禁時や、冬場の深場釣りなどに職漁で培った技を今でも見せてくれる。

「安全第一で楽しんで帰ってほしい」をモットーとする船長は、若い時ほどは頑張って釣り人の面倒を見れなくなったので、常に助手をつけるなど細かい気配りで釣り人のサポートに余念がない。

お土産を確実に持って帰ってもらおうと、魚群を求めて真剣勝負の毎日が続く。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2009年5月8日号より抜粋

増栄丸
0475(76)2524


2009年4月30日(木曜日)

外房 外川 源正丸

源正丸 富内正義船長

百戦錬磨の夢案内

外房犬吠埼沖は、北からの親潮と南からの黒潮がぶつかり、多彩な魚種が集まるわが国屈指の漁場として知られている。利根川河口にある銚子港は、日本有数の遠洋漁業基地として発達。反対側の外川港は近海漁業で知られ、古くからヒラメやハナダイの遊漁基地として首都圏の沖釣りファンに人気が高く、釣り宿が集中している。その中のひとつ源正丸を営むのが富内正義船長(63歳)だ。

中学卒業と同時に遠洋漁業の道に入り、遠くベーリング海でサケを捕る船団に10年間従事。その後は実家の職漁船でカツオ、メジマグロ、ヒラメ、シラスなどを捕り、20年前から釣り船を始めた。

年間を通して(4月、5月の禁漁期間を除いて)ヒラメ専門で出船。ヒラメには徹底したこだわりを見せる。銚子沖の大根を始め、外川沖にかけてはヒラメの好ポイントが多く、過去には15キロの超特大を記録。毎年「目指せ10キロオーバー」でヒラメを追い続ける。

禁漁期には深場釣りをメーンに出ているが、職漁時代の経験からポイントは熟知。アラやイシナギなどの超特大を釣らせる技術は長年にわたって培われた賜物(たまもの)。百戦練磨の海の男は釣り人の夢先案内人となり今日も舵を取る。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2009年5月1日号より抜粋

源正丸
0479(23)0676


2009年4月9日(木曜日)

外房 勝浦川津港 文四郎丸

文四郎丸 吉清洋夫船長

経験と技術が光る

外房勝浦沖を代表する釣り物といったら、真っ先にイカと根魚が出てくるだろう。八幡岬の南9キロに水深200メートルの大陸棚があり、この地区の港は航程30分以内の至近距離がイカや根魚のポイントになる。とにかく近いのが一番の魅力。

そんな川津港で文四郎丸を営むのが、吉清洋夫船長だ。職漁の道に入ったのが60年前。半世紀以上のキャリアを誇る海の男は釣船を始めて10年。得意な釣り物はと聞くと「何もなし」とくるが、実は「何でもOK」のようだ。

職漁で培った技術はハンパではなく、釣らせることにも磨きはかかっている。イカをメーンにフラッシャーサビキでアジ・サバや、根魚を狙ってクーラーいっぱいになった釣り人の笑顔が自分の満足につながるようだ。

「一日楽しく」をモットーにしているが、安全面にもかなり気を使っている。昨年起きたイージス艦衝突事故の当事者の港でもあり、捜索に加わった身としては事故の怖さは十分過ぎるほど感じている。遊びで楽しみに来てくれる釣り人に怖い思いは絶対にさせない気構えが伝わってくる。

朴訥(ぼくとつ)とした海の男は、都会のけん騒を離れ、浮世のはかなさを忘れるのにひと役買ってくれる、見た目も若い好々爺(こうこうや)だ。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2009年4月10日号より抜粋

文四郎丸
0470(73)0891


2009年4月2日(木曜日)

外房 勝浦川津港 喜美丸

喜美丸 渡辺美喜夫船長

イサキにこだわる

外房勝浦沖はイサキ人気が高く、旬の初夏はもちろん、冬場の特に脂の乗った寒イサキの時期まで、8月〜10月の禁漁期を除いて一年中イサキファンが絶えない。

そんなイサキをメーンに狙っているのが勝浦川津港で釣船・喜美丸を営む渡辺美喜夫船長(44歳)だ。

全寮制の漁協職員養成専門学校を卒業後、地元漁協でのサラリーマン生活を送っていた。本家の職漁船で漁師生活をしていた親を見ていて、自分も職漁の道に入ろうと決心。平成9年に新造船を就航させた。しかし、翌年病気で入院し、思い切って釣船に転向した。

イカ釣りで有名な地区だが、あえて道具立ても簡単で、浅場で手軽にほどほど釣れるイサキ狙いにこだわって現在に至った。冬場は海中公園から興津沖、夏場は三本松など、一級ポイントが勝浦の海は目自押し。

漁ではなく遊びできてくれる釣り人のため、人数限定で釣り座間隔2メートルを確保。たくさん釣りたい人もいれば、家族分だけで満足という人まで釣り人事情もさまざま。すべからく満足してもらえるよう、一日ゆったり気分でいやしの空間へと導いてくれる。下船後には女将さんが腕によりをかけた地魚料理でもてなしてくれる。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2009年4月3日号より抜粋

喜美丸
0470(73)0761


2009年3月19日(木曜日)

外房 飯岡 三次郎丸

三次郎丸 加瀬健一船長

イカと深場が看板

外房飯岡は四季折々に応じてさまざまな魚を釣らせる一大遊漁基地。多彩な魚種に備え充実した大型船を多く保有する船宿が多い。加瀬健一船長(47歳)の営む三次郎丸もその一つだ。

先代は隣の外川港で職漁を営んでいたが40年前に飯岡に移り住み、遊漁と兼業となった。船長は16歳で4級、18歳で1級の船舶免許を取ったが、同時に遊漁専門の船宿として始め現在に至る。当時は釣りブームの走りでもあり、魚が豊富でなんでもよく釣れた。シロギスがほかの地区と違って特に大型で、ジャンボキスがたくさん釣れる海として脚光を浴びていた。

ヒラメやハナダイ、アイナメなど豊富な魚種に合わせて対応はぬかりない。中でも深場釣りを得意としており、特にイカに関してはほかの船宿も一目置く存在だ。夏場のスルメからヤリイカの本格期まで、どこよりも早くイカファンのニーズに応えている。そして長年の深場のデータの蓄積が、オニカサゴや大型アラをよく釣らせることにつながっているようだ。

夏場は追っかけアジにも力を入れていて、コマセを使わず手軽な釣りはよく釣れて初心者にも満足度は高い。事故のないよう楽しくをモットーに、釣り人の満足した顔を見るのが一番という船長。追っかけアジはイチ押しの釣りのようだ。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2009年3月20日号より抜粋

三次郎丸
0479(57)3371


2009年3月12日(木曜日)

外房 片貝 第2二三丸

第2二三丸 廣田鷹一船長

釣り、人柄に奥深さ

都心に一番近い外房にある片貝港。その沖合にある片貝海溝は根魚やイカの宝庫と知られているが、人気のあるハナダイ釣りに隠れて深場釣りをする船は少ない。そんな深場のキンメやオニカサゴを得意とするのが第2二三丸を営む廣田鷹一船長(67歳)。

釣り好きが高じて船長になったが、釣歴は半端ではない。戦時中の疎開先の埼玉で、小川やホソの魚捕りから始まり、川のタナゴやハヤからヘラ、七島の磯釣りまで経験。磯釣りの魚の限界を知ってからは船へと移り、最終的にはクルーザーでカジキを狙うまでエスカレートした。そんな経歴があるのは、船長は仮の姿で本当はプラント設備会杜の社長だから。

23歳の時に会社を起こし、仕事と遊びを両立して事業を拡大。会社経営も抜かりなくして、13年前に船長デビューし、8年前から片貝に移った。

どちらの顔が表か裏かは分からないが、人の上に立つ人だけに言葉には重みがある。釣らせることよりも癒しを与えたいというだけに、船長の人柄にほれて通う釣り人も多い。

釣りと同様に事業拡大にも積極的で、最近は魚介類の卸し直売を始め、乗船した釣り人には生ハムと鯨肉を土産に付けるサービスも。帰りを待つ奥様にもサービスをという気配りがうれしい。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2009年3月13日号より抜粋

第2二三丸
0475(70)4606


2009年3月5日(木曜日)

外房 飯岡 優光丸

優光丸 伊藤和一朗船長

釣り・宿・食に太鼓判

四季折々の多彩な魚種で釣り人を魅了する外房飯岡港で、船宿・優光丸を営むのが伊藤和一朗船長(48歳)だ。

本家がシラス、シラウオの職漁船ということもあり、高校時代から船には乗って海の仕事に従事していたが、16年前に釣り船を開業。ウイリーシャクリのハナダイ釣りにこだわり、仕掛けを研究。全長から枝スの長さなど試行錯誤を繰り返し、納得のいくまで、特製仕掛けを作りあげるほどだ。また、ほかではあまり見かけない潮流計が付いているので深場根魚、イカなども得意中の得意。

午前中はなんでも釣らせる船長だが、夕方以降は一昨年秋にオープンした民宿食事処・浜ゆうのマスター兼板前に変身する。気さくな女将さんが仕切るお店は地魚をふんだんに使った定食が評判で、観光客がよく食べにくるという。2階の民宿は全8室。新築のきれいな部屋でゆっくりと憩える。ウリは日の出と日の入りが同じ部屋から見られること。太陽が豊富な地元の人には分からないらしいが、日当りのよくない都会育ちの人には、めったに見られない太陽がさんさんと照りまさに感動もの。釣って食べて、見る楽しみも付いてくる。

※週刊つりニュース関東版2009年3月6日号より抜粋
〔本紙・坂本〕

優光丸
0479(57)6281


2009年2月26日(木曜日)

外房 飯岡 隆正丸

隆正丸 二代目の忠司船長

団体宿泊OKの宿

外房有数の遊漁船基地である飯岡港。そこで41年前に遊漁船をスタートした老舗船宿・隆正丸。船着き場から歩いて1分、築2年の宿は全13室。エアコン、テレビ、ラジウム温泉付きで50人の宿泊が可能。団体の仕立でも宿泊OK。駐車場は3か所あり100台分。大型船3隻、小型船2隻で四季折々の釣り物に対応。

初代芳野隆船長は飯岡の沖釣り発展に寄与し、研究熱心で多くの釣り物を開拓。現在もさまざまな肩書きを持ち、釣り船業界全体の発展に力を注いでいる。3年前には釣り宿のオヤジの立場から見た海釣り実践本を出版。直伝の生き字引的なマル秘テクニックなどを披露して時の話題になった。

二代目忠司船長(44歳)は時代の流れを読み、早くからホームページを充実させ、毎日正確でリアルな写真や動画を配信。もの静かな対応だが、携帯での情報発信にも力を入れるなど、船の上だけでなく、常に釣り人との接点を持とうと一生懸命だ。

三代目若船長は釣り好きで、見かけは怖いがソフトな性格で釣り人に釣り方を教えている。広い宿では気さくで明るい若女将を中心に、大女将、娘、孫が親しみやすい雰囲気で釣り人を迎えてくれる。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2009年2月27日号より抜粋

隆正丸
0479(57)5432


2009年2月19日(木曜日)

外房 大原 利永丸

利永丸 中井春樹船長

ショウサイフグにこだわり

外房大原港は千葉県一の遊漁船数を誇り、一年を通して豊富な魚種が釣り人を魅了する。その中でも釣趣と食味で人気のショウサイフグを看板にしているのが利永丸だ。

昭和50年に釣り船を開業し、現在は二代目の中井春樹船長(38)が舵を握る。

5〜9月の禁漁期以外はフグ専門。徹底したこだわりを見せ、特製の専用和ザオを販売してファンのニーズに応えている。もちろん禁漁期にはイサキ、アカイカ、周年対応のマダイなどに出船する準備は怠らない。

一日楽しく、また来てもらえるようにアットホームな対応を心がけている。寒い中、港で出船を待つ釣り人にお茶を入れるなど、ちょっとした心配りもある。「楽しく釣って、美味しく食べてもらいたい」の信念が共感を呼んでいる。

そんな船長は高校時代から大の矢沢永吉ファン。関東周辺で行われるコンサートには、翌日が仕事でも出かけるという。去年はコンサートがなく行かなかった分、今年はより熱くインターネットのサイトで知り合った仲間と追っかけに興ずる姿が見られそうだ。

房総の荒波育ちの船長が、まさに夜討ち朝駆けで陸上と海上を駆け巡る光景が目に浮かぶようだ。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2月20日号より抜粋

利永丸
0470(62)4601


2009年2月12日(木曜日)

外房 片貝 直栄丸

直栄丸 山本義雄船長(写真左)と飯山和彦さん(写真右)

最強タッグが奉仕

外房片貝で直栄丸を営む山本義雄船長(53)。先々代が昭和元年に職漁船を創業。はえ縄や刺し網を主体にハマグリ漁などを経て25年前から兼業となり、約15年前から釣り船専門になった。

職漁時代の経験から、九十九里沖の好ポイントはすべて熟知。周年ハナダイ釣りにこだわりを見せ、おう盛な研究心は新たな釣り場開発にも注がれ、釣らせる技術も一級と評判。「安全第一でお客さんが満足して笑顔で帰ってくれるのが一番」と船長。大柄で一見怖そうだが、見ると聞くでは大違い。親切ていねいを心がけ、釣り人を見る目はいつもやさしい。

そして、船長の片腕としてコマセの補充からタモ取り、インストラクター役までなんでもこなすのが、九十九里最強の助手と言われる飯山和彦さん。カズちゃんの愛称で親しまれ、初心者を一日でそれなりの腕前にしてしまう。楽しい一日を送るためのアシスタントとして重要な役割を果たしている。

2人で体重200キロ以上(推定)の豪快な体格だが、コマセを最高の状態で使えるように前日に解凍し洗うなど、神経細やかな面も見せる。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2009年2月13日号より抜粋

直栄丸
0475(76)6823


2009年1月29日(木曜日)

外房 飯岡 清勝丸

清勝丸 熱田清船長

家族ぐるみで奉仕

外房の一大遊漁基地である飯岡港。そこでフィッシング倶楽部・清勝丸を営むのが熱田清船長(60)だ。

平成8年から息子の純一船長とともに親子船で釣り船をスタート。その前はヒラメやマダイ、イシダイなど活魚専門の職漁をしていた。純一船長の勧めもあり同年9月17日に大型新造船で釣り船として初船出を飾った。

最初の釣り物がヒラメということもあり、ヒラメをメーンにハナダイ、中深場根魚、アイナメなどあらゆる釣り物に出船。職漁時代の経験で飯岡沖のポイントは熟知しているので対応は十分だ。親子とはいえ海の上ではいいライバル。同じ魚種を狙う時は船頭としての対抗心むき出しでしのぎを削るという。

大手船宿の多い飯岡港にあって後発ということもあり、多くの人に知ってもらい、通ってもらうため日々努力を惜しまず、家族総出で釣り人に奉仕。いつも明るい女将さんは、自宅まで20キロの距離を午後船の出る時は一日3往復する。

どんなに少人数でも一人でも、釣り人の安全と好釣を祈って出船を毎日見送る姿勢を「新しい船宿なので」と、今でもくずさない。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2009年1月30日号より抜粋

フィッシング倶楽部・清勝丸
0479(67)3866


2009年1月22日(木曜日)

外房 飯岡 幸丸

幸丸 向後嗣一船長

サービス惜しまない

外房飯岡沖ではハナダイ、ヒラメ、シロギスなど四季折々の釣魚が豊富で釣り人のサオの休まるヒマがないほどだ。当地で今年創業54年を誇る老舗船宿・幸丸を経営するのが向後嗣一船長(58歳)だ。

大学卒業と同時にこの道に入り36年。当時はイシガレイやタイをメーンにしていたが、飯岡で最初にシロギス釣りを始めたり、午後船を始めたり、船に冷暖房を入れたのも最初と、飯岡の船釣り発展のパイオニアでもある。平成元年には大型船を導入。その後は20トン級大型船を続々と就航させ、現在は大型4隻を含む6隻を保有する。大型船ゆえの安心感からか、女性が一人で釣りにくるほどで、女性に優しい船宿としても有名だ。

夏には多くの子どもに釣りの楽しみを知ってもらおうと、チビッ子招待を20年間続けているなど、釣りの発展のためには労力を惜しまない。

船宿=サービス業と位置づける向後社長は従業員教育も徹底しており、親切ていねいをモットーに親しまれる船宿作りを目指している。

各船の船長や下船後の食事サービスのスタッフの対応も非常によく、自然とまた来たくなる雰囲気に満ちた船宿だ。

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2009年1月23日号より抜粋

幸丸
0479(57)2258


2009年1月8日(木曜日)

外房 大原 よしえ丸

よしえ丸 田中等船長

リレー釣りに魅力

「大原沖ではショウサイフグ、ヒラメともに初心者にも楽しめますよ」とお勧めしてくれるのは外房大原・よしえ丸の田中等船長(42)だ。

大原港の二大釣り物ともいえるショウサイフグとヒラメはこれから最盛期に入り、数・型ともに上向くので、船釣り入門者にぴったり。また「フグは空アワセ、ヒラメはタナ取りと基本を守ればだれでも楽しめる」と船長。

そんな人気の両魚をリレー釣りで出船しているのも同宿の魅力のひとつ。「ちょっと食いが渋い日でもどちらかで土産が作れるから安心でしょ。それにいい日はクーラー満タンも夢ではないですよ」と釣り人には心強い一言だ。

また、平日釣行を勧める船長。初心者に心配なのはやはりオマツリ。「平日なら広々としたスペースで、安心して釣りが楽しめます」と、とにかく「安全に一日楽しく」をモットーに掲げる船長らしいコメントだ。

これから寒さが厳しくなるにつれ、毎年ショウサイフグ、ヒラメともにあっと驚くサイズが浮上する大原沖。美味しい鍋の食材を調達するのに、もってこいの船宿ではないだろうか。

〔本紙・横田〕
※週刊つりニュース関東版2009年1月9日号より抜粋

よしえ丸
0470(62)2266


2008年12月11日(木曜日)

外房 太東 勘栄丸

勘栄丸 若船長・渡辺真澄さん

夢を抱いて成長中

「毎日でもいいから釣りがしたいですね」と元気に話すのは外房太東・勘栄丸の若船長、渡辺真澄さん(22)だ。

高校卒業後すぐに家業を手伝い始め、タコ漁やイセエビ漁で汗を流す毎日を送る。遊漁で出船する時は仲乗りとして釣り人をサポート。自身が釣り好きとあって、お客以上に楽しんでしまうと照れながら話す。

また、船内ではいつもムードメーカー的な存在。自身がお客とのコミュニケーションを大切にしていることもあり、釣れないときにも元気に場を盛り上げ、釣れていない人がいれば的確なアドバイスを送る。

その時ばかりはあどけなさの残る笑顔から真剣な面持ちに変わる。1尾を釣らせることができたときに釣り人以上に喜んでいる姿がとても印象的だ。

そんな人柄のためか、常連客からは息子のようにかわいがられ、ときには逆に人生のアドバイスをもらうこともあると言う。

今後は父親の秀明さんの後を継いで港を、しいては釣り業界全体を盛り上げたいと大きな夢も語ってくれた。

大好きな釣りができ、まさに「天職」にめぐり合い、大きな夢を抱く若者の成長を見守っていただきたい。

〔本紙・横田〕
※週刊つりニュース関東版2008年12月12日号より抜粋

勘栄丸
0470(87)2296


2008年12月4日(木曜日)

外房 大原 春栄丸

春栄丸 白川永一さん

ヒラメに全力投球

千葉県屈指の遊漁船基地と名高い外房大原港。周年を通して釣り物の多さでも訪れた人を魅了している。中でもヒラメ釣りは10月1日の解禁日を迎えると待ちこがれていた釣り人が港に押し寄せ、お祭り騒ぎになるほどだ。

そんなヒラメ釣りにこだわり続けている大原の春栄丸で釣り人をサポートしているのが白川永一さんだ。

高校卒業後すぐに家業を手伝い始め、現在は助手として大活躍。船内ではエサの補充、オマツリ解き、タモ取りと常に動き回り大船長との連携プレーで釣り人を満足させている。また熱血指導が定評で釣らせるためにいつも全力投球。「少しでも多くの魚を釣らせたいですね。たまに言い過ぎて邪険にされますが」と照れながら話す。

そんな永一さんの熱血指導の甲斐あって1尾のヒラメを釣り上げた人は春栄丸のファンになってしまう。皆、口を揃えるのが、知る人ぞ知る大船長のマイクパフォーマンス。リアルタイムで変わる海況をいつもマイクでアドバイスを送る。大船長の味わいのあるパフォーマンスに、永一さんによる実地での手ほどきは釣り人たちに好評だ。

夢は大型新造船を就航させることと言う永一さん。たしかな実力の熱血指導で今後も釣り人を魅了してもらいたい。

〔本紙・横田〕
※週刊つりニュース関東版2008年12月5日号より抜粋

春栄丸
0470(62)1098


2008年10月16日(木曜日)

外房 大原 春日丸

春日丸 中井徹若船長

フグ開幕気合十分

「いっぱい釣って、喜んでいるお客さんの笑顔が大好きですね」と話すのは、外房大原・春日丸の中井徹若船長(26)だ。

高校卒業後にすぐ船舶免許を取得し、そのままこの世界に飛び込んだ。

「毎日が修行。とにかくお客さんとのコミュニケーションを大切にしています」と来てくれた釣り人を第一に考えている若船長。通常は父親の操船する船に乗り、来てくれたお客さんをサポート。忙しい時は自ら舵を握ることもある。

ちょうど、船宿の看板釣り物であるヒラメとショウサイフグが開幕を迎えた。特にフグには思い入れも強く、気合も十分だ。「今年のフグは走り出し絶好調。うちではカットウ釣りでもいいですし、胴突き仕掛けを付けた欲張り仕掛けでも大丈夫なので、女性や子どもにも数釣りが楽しめます」と勧める。「分からないことがあったら、なんでもお手伝いいたします」と初心者には心強いコメントも付けくわえる。

いつかは自分の新造船就航を目標にする若船長。大原の港にピカピカの大型新造船が浮かぶ日もそんな遠くではないだろう。釣り人の笑顔を大切にし、大きな夢を抱く若者の成長を温かく見守ってもらいたい。

〔本紙・横田〕
※週刊つりニュース関東版2008年10月17日号より抜粋

春日丸
0470(62)0606


2008年9月4日(木曜日)

外房 片貝 吉栄丸

吉栄丸 川口吉男船長とお孫さんの隼太くん

ヒラメ開幕で勝負

外房片貝では9月1日にヒラメ釣りが開幕を迎えた。そのヒラメ釣りに特別なこだわりと自信を見せるのは吉栄丸・川口吉男船長(69)だ。

シーズン中は釣り物をヒラメ一本に絞り、全力で挑み続けている。昨年の解禁日は船中50尾以上の立派な数字を出したものの、本人は満足できない様子。「船中で100尾超えの年もあったから、昨年はいまひとつだった。今年も船中100尾超えだね」と目標を立てる。

また、今年はエサとなるイワシの群れが非常に多いため、期待を寄せている。「開幕から5、6キロ級が上がりそうだよ」と大物浮上の予感を匂わせていた。

そんなヒラメには絶対の自信を持っている船長も、待望の解禁とあって気合の入れようは半端ではない。出船前夜は眠れないこともあるという。「どんなポイントから探ろうか悩んでしまうよ。相手は自然だからね」と真剣な面持ちを見せる。

ところがお孫さんの隼太くんが膝に座ると顔がほころび、海の男からいいおじいちゃんに変貌し、かわいらしい一面も見せてくれた。

船長がもっとも気合が入るヒラメの解禁。今年は開幕からなにかやってくれそうだ。

〔本紙・横田〕
※週刊つりニュース関東版2008年9月5日号より抜粋

吉栄丸
0475(76)5637


2008年8月7日(木曜日)

外房 太東 合同丸

合同丸 岡本巌船長

海上では真剣勝負

広大な砂浜が続く外房九十九里浜の南端にある太東岬。そこからほど近い太東港で平成2年から釣り船「合同丸」を就航させたのは岡本巌船長(68)だ。

船宿を開業する以前は勤めに出ているかたわら仲乗りをして経験を積み、この道に飛び込んだという。

「まだまだ勉強中ですよ」と、謙虚さも忘れない。しかし船長は人にポイントを聞くことは恥と思い、すべて自身で探しながら吸収していったという頑固な一面を持つ。だからこそ出船時はいつも真剣勝負。1尾でも多く釣らせたく、厳しい顔をしてしまう。逆に下船後はホッとしてしまい、厳しい海の男の顔がほころんでいると、乗船した人が声を揃えて言うようだ。

下船後は人気者の女将さんが出迎え。商家に生まれただけあって滑らかなトークで釣り人を和ませる。船長とは対照的な雰囲気の持ち主だが、町一番の仲よし夫婦として有名なのだ。「仏頂面な船長だけど、優しい船長だから遊びに来てね」と女将さんがしっかりフォロー。なお、合同丸では乗船12人のところを10人限定で出船している。広々としたゆったりスペースで釣りを楽しみたい人にはお勧めだ。

〔本紙・横田〕
※週刊つりニュース関東版2008年8月8日号より抜粋

合同丸
0470(87)3531


2008年6月12日(木曜日)

外房 片貝 増栄丸

増栄丸 熱田重一船長

豊富な魚種が魅力

「釣りに来たら無理せず安全に楽しんでください」と笑顔で答えるのは外房片貝の増栄丸・熱田重一船長(56)だ。

初心者でも楽しく、安全に海で遊べるように日々考えている。初めて船に乗ると心配なのはズバリ船酔い。酔った釣り人に「無理をしなくてもいいよ」と優しく声をかけ、励ます姿が印象的だ。船長の気遣いのたまものなのか、いつも船内は穏やかなムードが漂っている。

そんな優しい船長は、会社勤めを経験した後、家業である職漁に従事した。昭和61年、釣りブームとともに船を就航させて釣り船の道に入った。

開業当初は魚も多く、サビキ仕掛けだけでハナダイがたくさん釣れ、ヒラメの数たるや半端でなかったと昔の様子を振り返る。

現在は、同地区で人気の高いイサキとハナダイをメーンに出船中。冬はヒラメやオニカサゴなどバラエティーに富んだターゲットで釣り人を飽きさせない。

釣り人を楽しませ続ける日々のなか、多くの釣り人との出会いや思い出を大切にして「船長になってから、人との出会いでいっぱい勉強させてもらっています」と、とても謙虚な姿勢を見せた。

「船の舵を握っている限り、多くの人を楽しませられるよう尽くしていきたい」と熱い誓いを立てていた。

〔本紙・横田〕
※週刊つりニュース関東版2008年6月13日号より抜粋

増栄丸
0475(76)2524


2008年3月27日(木曜日)

外房 大原 きえい丸

きえい丸・佐藤芳明船長

信念、こだわり貫く

元祖リールシャクリマダイを看板に掲げ、マダイに魅せられた男がいる。それは外房大原のきえい丸・佐藤芳明船長(37)だ。

常に、どうしたらだれにでもマダイを釣らせられるかを考え、最初に出た答えは手バネのシャクリ釣り。しかし大原の一級ポイントの水深に合わず試行錯誤した結果、リールシャクリにたどりつく。「リールが付いていたらタナも分かりやすいし、魚とのやり取りがすごく楽になったよ」と昔の苦労を振り返る。

また、当初は中オモリを使った一般的なシャクリ仕掛けだったが、細く丈夫なPEの出現と度重なるテストの結果、中オモリがなくても底ダチが取れることが分かり、よりシンプルな仕掛けになった。

船長のこだわりはノット(結び)だ。現在ルアーフィッシングで一般的なFGノットやPRノットなどの摩擦系ノットを早くから取り入れ、現場で生かしている。そしてそれだけでは満足できず、だれにでも素早く、簡単にできるオリジナルノットを開発した。沖で手があいた時は船長もサオを出しているので、その手さばきをチェックできるはずだ。

マダイを追い求め、こだわり抜いた男の手がけた宿は、大ダイに近づくための窓口と言ってもいいだろう。

〔本紙・横田〕
※週刊つりニュース関東版2008年3月28日号より抜粋

きえい丸
0470(62)1805


2008年2月12日(火曜日)

外房 大原 富士丸

ビシマの伝統守る

大原・富士丸 坂下隆一船長

外房大原のマダイ釣りといえば伝統釣法の「ビシマ」が有名。その伝統釣法でマダイを追い続けているのは大原・富士丸の坂下隆一船長(42)と女将のみち子さん。

15歳から海に出て先代に海のイロハを叩き込まれた船長にとって、大原沖は勝手の知れた庭のようなものだ。

周年マダイをビシマで追い続けている船長だが柔軟な考えから、伝統のビシマのみにこだわらず、リールシャクリやタイラバと言った新しい釣法も試してほしいという。「まずは釣りを楽しんでもらいたい、細かいことは言いませんよ」とのこと。

釣り物はマダイが看板となっているが、宿では女将のみち子さんが看板。気配りが行き届いたもてなしで釣行前の釣り人をリラックスさせてくれる。

「アットホームにくつろげる船宿作りに力を入れています」と優しい笑顔で話した。

なお同宿では毎年マダイ釣り教室を実施。伝統のビシマ釣りを体験するにはお勧め。

分からないことがあればその場でレクチャーしてもらえ、さらに船長の「匠の技」を盗めるかもしれない。ぜひ機会を作りチャレンジしてほしい。

〔本紙・横田〕
※週刊つりニュース関東版2008年2月15日号より抜粋

富士丸
0470(62)2016


2007年10月22日(月曜日)

外房 飯岡 長五郎丸

新しく求める心◎

長五郎丸 鈴木淳夫船長

「釣りは大好きですよ」と力強く答えるのは外房飯岡の長五郎丸・鈴木淳夫船長(49)だ。

現在は各地で人気の高いリレー釣りを、飯岡地区で始めたのは船長が最初。釣り好きゆえに「1種の魚を狙うより、いろいろ釣れた方が楽しいでしょ」と笑顔で答える。

また、新しいターゲットを常日ごろ探し続ける行動派で、狙えると分かれば一番いい仕掛け・エサを探し出しお客に情報を提供する。そんな船長だから、インターネットが普及してないときから口コミで広がり釣り人が集まってくる。

なかでも思い出深いのはクロメバル。活ドジョウエサで試してみたら20〜50尾も釣れ「あれはびっくりしたね」と思い出を振り返る。

青年時代には水産高校に入学し無線士の資格を取得。外国航路の無線士を目指していた一面も持つ。

しかし、高校卒業後に先代が亡くなったのをきっかけに船頭になった。悲しみを抑え、先を見据えていた船長は「ここで歩みを止めてはいけない。新しいものを始めなくては」と熱い心を打ち明けてくれた。

釣り好き船長が手がける船宿は常に新しいターゲットと出会え、釣り人がいつでも心踊るロマンが詰まった場所だ。

〔本紙・横田〕
※週刊つりニュース関東版2007年10月26日号より抜粋

長五郎丸
0479(57)2189


2007年10月2日(火曜日)

外房 興津 沖合丸

カモシ釣りの老舗

沖合丸 和佐間健船長

勝浦地区独特の釣法、カモシ釣り。その開発者としても有名な勝浦興津港の沖合丸・和佐間健船長(74)。幼年期から海に携わり、漁師の道で絶対的な水揚げ量を叩き出していた。「マダイの水揚げ高は全国で3本の指に入ったことがある」。と胸を張る。

昭和40年に本格的に遊漁船を開始。漁師時代から培った知識でヒラマサやマダイを追い続け、数々の大物を釣り人に釣らせてきた。

数々の大物との戦いに明け暮れ、同地区の釣り場作りに力を注いできた船長は「人との輪を大切に」をモットーにしている。古くから通う常連が始めて来る釣り人に釣りを指導し、教えられた人がまた次の人へ教える。というサイクルができ上がっている。だからこそ船長の手がける船宿には人が集まりにぎわいを見せる。また、下船後に必ず船を清掃してくれる常連客についても「いつも本当に助かっています」と感謝の気持ちを忘れない。

もうひとつ大切にしていることが「遊び心」。「奥が深く勉強も必要。しかし基本は遊びだから肩肘張らずに楽しんでもらいたいね」と釣りのあり方を語る。カモシ釣りのパイオニアが手がけた老舗船宿は人と遊び心を大切にした、釣り人全員が癒される空間になっている。

〔本紙・横田〕
※週刊つりニュース関東版2007年10月5日号より抜粋

▼沖合丸
0470(76)2404


2007年8月21日(火曜日)

千葉 九十九里 九十九里海釣りセンター

大物釣りの魅力を手軽に

九十九里海釣りセンター 近藤正義オーナー

「いろいろ勉強しないと大物は釣れないんだ」と力強く語るのは千葉にある九十九里海釣りセンターの近藤正義オーナー。

「だれでも手軽に海の大物とのファイトを」が信条の当センターはマダイ、シマアジ、ヒラマサ、ブリ、ワラサなど高級魚と遊べる関東では数少ない海の釣り堀。

これだけの魚がいる理由はオーナー自身が大の釣り好きなため。事務所には自身が仕留めた大物の魚拓が並び、これまでに国内の離島から海外にも足を運び巨魚を追い求め続けている。機会があれば、巨魚を追い求めたエピソードや釣り方、攻略法などを聞くのも楽しいかもしれない。

一方で、オーナーは海の資源保護も真剣に考え、沖縄など各地の第一人者に話を聞きに行くほどの行動派。「各地の海で人工魚礁やパヤオなどを作り、資源保護に成功した海域がある。それらをもっと普及させるべきなんだ」と真剣な面持ちで語った。

なお、当センターではレンタルタックルも充実しているので、手ぶらで遊びに行っても大丈夫。夏休みにはファミリーや友だちと旅行する人も多いはず。巨魚に魅せられたオーナーの心意気が詰まった当センターで思い出作りをしてみては。

〔本紙・横田〕
※週刊つりニュース関東版2007年8月24日号より抜粋

九十九里海釣りセンター
0475(76)8678


2007年7月13日(金曜日)

外房 片貝 喜美丸

初心者に気くばり

喜美丸 小栗山勝彦船長

外房九十九里は江戸時代16世紀半ばごろからイワシ漁とともに栄え、今でも街道沿いにはイワシ加工工場が軒を並べている。そんな九十九里にほど近い片貝で喜美丸を営んでいるのが小栗山勝彦船長(56)だ。

もとは根っからの漁師で腕を慣らしていた。しかし全体の漁獲高の低迷により、昭和60年に本格的に遊漁を開始した。

周年ハナダイ五目に力を注いでいて、なぜハナダイなのかとの問いに「年間通して安定した釣果が望めて初心者でも楽しめますから」と優しい笑顔で答えてくれた。

初心者を大切にしている船長は、出船後に港内で釣りの指導を10分ほどしてから沖に向かうといった具合に、初心者に楽しんでもらえるように考えている。さらにレンタルタックルにも力を注ぎ、クーラーボックスひとつで釣行できるのも同宿の魅力だ。

楽しめるだけではなく安全面にも気をつけている船長は、ライフジャケットに注目している。毎年数回行われる片貝港の釣り大会で海上保安庁の職員を招き、ライフジャケットの大切さを説いてもらううちに改めてライフジャケットの大切さを実感した。現在は同宿でも持っていない人にレンタルも検討中のようだ。

初心者を楽しませ安全を大切にしている真心船長。初心者を連れての釣行の際は立ち寄っていただきたい。

〔本紙・横田〕
※週刊つりニュース関東版2007年7月13日号より抜粋

喜美丸
0475(76)2673


2006年11月17日(金曜日)

外房 勝浦豊浜港 中島丸

中島丸 中島治海船長

楽しみは釣り談義

広大な太平洋に面した外房勝浦豊浜港。そんな恵み豊かな港で遊漁船・中島丸と味な宿・漁夫里(いおり)を営むのが中島治海船長(58)。

中学卒業後、すぐに漁師の道へ進んだ船長は、28歳で遊漁船の操業を開始。長年の経験を活かし、お客に多彩な釣りを楽しませてくれる。

一方、味な宿・漁夫里は女将さんの陽気でていねいな接客が印象的。四季折々の旬の食材を使用した料理も堪能でき、釣行前にしっかり休憩がとれるので万全のコンディションで釣りに挑むことができる。

現在、中島丸では多彩なサービスも展開しており、週替わりでお得なサービスや特典を提供。新鮮な魚介類や割引サービスなどを受けることができる(本紙・釣況欄参照)。そして、一番のウリは釣行前夜に船長を囲んで釣り談義を楽しめるというもの。翌日の釣りについて船長と話すことにより、翌日の釣行をより充実したものにすることができる。その上、釣り料金だけで素泊まりは無料になるといううれしい特典も付き、2組限定ながらも好評を博している。さらに、お客のニーズに合わせたプランの相談も気軽にできる。

「今後もよりよいサービスを追及し、お客を楽しませていきたい」と語る船長。今日もさらなる楽しみ方の模索に余念がない。

中島丸
0470(73)5741
〔本紙・田中〕
※週刊つりニュース関東版2006年11月17日号より抜粋


2006年10月30日(月曜日)

外房 大原 福栄丸

福栄丸 玉田福夫船長

釣りの可能性開拓

大原港は外房でも屈指の船宿数を誇る激戦区。そんな腕利き船長ひしめき合う港の中で船宿を構えるのが福栄丸・玉田福夫船長(58)だ。

魚と海を愛し、お客に魚を釣らせるためには日々努力を欠かさないという船長。現在大原を沸かせているヒラメ釣りで、スタンダードとなっている横流しも船長が先駆けである。

もちろん、各種釣り物の仕掛け作りにも余念がなく日々研究を重ねている。熟練の経験と知識を生かし、改良を重ね続けた仕掛けの数々は船長の人生が詰まった芸術品と言えよう。

「“遊漁船なだけに楽しく遊んで”なんぼだ」と笑顔で話す。それだけに、お客には楽しい時間を過ごしてほしいという気持ちも人一倍強い。長年の経験を生かし、海を読み、初心者からベテランまで有意義な時間を提供してくれる。

「釣りは壁に当たって、それを乗り越えることでまた上達する」と語る船長は、真面目で努力家。そんな性格は私生活にもおよび、1年間で14キロものダイエットにも成功するツワモノ。

今後も幾多の壁を乗り越え、新たな釣りの可能性を開拓し続けることだろう。

福栄丸
0470(62)4836

〔本紙・田中〕
※週刊つりニュース関東版2006年11月3日号より抜粋


2006年6月26日(月曜日)

外房 大原 いなば清勝丸

いなば清勝丸 稲葉幸一郎船長

我が道を行く男気

伊勢エビの水揚げ日本一を誇る外房大原港は、登録遊漁船数が60隻以上と、千葉県最大の釣り船基地としても知られている。釣り船の多さはそのまま同港の長い釣り基地としての歴史を物語り、レジャーとしての釣りを広め、業界を発展させてきた老舗の船宿が多く存在している。稲葉幸一郎船長(48)の経営するいなば清勝丸も、そんな老舗の1軒だ。

16歳から船に乗り始め、先代が入院した20歳からは一人立ち。女将さんも体が弱く、毎年のように両親が入退院を繰り返していた。大黒柱としての苦労は並大抵のものではなかったようだ。

当時は魚も多く、現在は資源保護で50尾の制限があるイサキなど、タルいっぱいの釣果も容易だった。そのため大釣りで帰港が7時になることもたびたびだったそうだ。

自らを仏頂面でお世辞は一切なしとはっきり物言う船長。自然相手の釣りは、釣れるか釣れないか「行ってみなけりゃ分からない」とマイペースの姿勢は崩さない。

最近は、釣れないと即座に釣り人の動きが悪くなる世の中。その中で、お世辞を言われなくても常連客が付いているのは、時代の変化に流されることなく、淡々と我が道を行く男気が垣間見えるからに違いない。

▼いなば清勝丸
0470(62)0701

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2006年06月30日号より抜粋


2006年6月12日(月曜日)

外房 大原 秀丸

秀丸 山口正巳船長

ヤリ狙いの先駆者

外房大原港は、兼業を入れて60軒以上の船宿を擁す千葉県最大の遊漁基地である。

ヒラメ、イサキ、マダイと四季折々の豊富な対象魚は釣り人のサオを休める暇を与えてくれないほどだ。その大原港で釣り船・秀丸を経営するのが山口正巳船長(53)。

勝浦川津に生まれ、卒業と同時に職漁の道に入りスルメイカやカツオなどの漁に従事。25歳の時に大原に移り住んで秀丸の船長となる。4、5年してからスルメイカ漁の経験を生かして勝浦方面でヤリイカを始めたが、これが予想以上の大釣り。当時はヤリイカを狙う船もあまりなく、現在のヤリイカ人気の先鞭を付けたといってもいいだろう。大原一番人気のヒラメ、フグのシーズンが終わるとヤリイカ狙いが定着した功績は大きいようだ。

現在は3代目の健君(19)が助手として船長修業中。船長自身が助手の場合は、オマツリしたときには飛んでいき、お客さんには触らせないで解くぐらいの気構えをもつのが助手の心得と叩き込まれていた。

わざわざ来てくれるお客さんに楽しんでもらうためにも、日々努力を怠らず毎日が勉強であり、お客さんあっての気持ちが自分のプラスにもつながると、よき後継者育成に余念がない。

秀丸
0470(62)2304
〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2006年06月16日号より抜粋


2006年5月29日(月曜日)

千葉(外房)大原 大吉丸

大吉丸 中田文彦船長

地道に手を抜かず

伊勢エビ水揚げ日本一を誇る千葉県大原港は、豊富な海の幸に恵まれ、古くから職漁が盛んな港だ。そして、遊漁では伝統のビシマ釣りをはじめ、ヒラメ、フグ、イサキといった四季折々の人気魚が釣り人を魅了してやまない一大釣り船基地ともなっている。

そんな大原港で釣り船「大吉丸」を経営するのが中田文彦船長(46)だ。学校卒業と同時にこの道に入り31年。先代は伊勢エビやヒラメ、マダイを捕る兼業だったが、釣り船専門となった。

ヒラメに徹底したこだわりを見せ、横流しが主流の大原だが、個人的にはピンポイントを攻めるポイント釣りが好きらしい。昨シーズンからヒラメバトルラリーを開催するなど、大物への夢をサポートしてくれる。

モットーは「地道に手を抜かずに努力」というように、お客さん同士が船の中で楽しく釣りができ、なおかつ土産がとれるようにと、手を抜くひまはないようだ。

もちろん、自然相手では必ず努力が実るとは限らないが、釣れないと胃が痛くなるということがないように、とにかく釣らせたい気持ちが先行。

アカイカのように反応を追って走り回らないと結果が出ない釣り物が得意ということは、手抜きをせずにまめにして当然という表れだろう。

大吉丸
0470(62)1903

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2006年06月02日号より抜粋


2005年11月4日(金曜日)

外房 勝浦川津 文四郎丸

文四郎丸 吉清洋夫船長

楽しい好々爺船長

外房勝浦沖は八幡岬の南約9キロが水深200メートルの大陸棚であり、この地区の港からは約30分の至近距離にあたり、勝浦沖と言えばイカや根魚と言われるほど、この地区を代表する釣り物がある。

今回紹介する川津港・文四郎丸の吉清洋夫船長(72歳)=写真=も地の利を生かしてスルメやヤリイカ、根魚を得意としている。

15歳から職漁の道に入り八丈・三宅島方面のカツオや勝浦沖のキンメ、イカなどを獲り続けて約半世紀。平成10年に釣り船を始め、「得意な釣り物は何にもない」と笑って答えるのが何でもできることの裏返しとも言えるだろう。海の男の半世紀は、海の幸だけでなく若さも収穫できたようで見た目はかなり若い。

一日楽しく、クーラーいっぱいをモットーにしているが、自然相手だけに難しい日もあり、また多く釣れないと満足しない人から、家族分だけで十分という人まで釣り客の好みは千差万別。また、職漁のほうが面白いとも思うが、釣り人が喜ぶのを見るのも、また違う面白さがあり自分自身の満足感につながるという。

都会の喧騒を忘れ、浮世の習いから逃げさせてくれる好々爺船長である。

▼文四郎丸
0470(73)0891

※〔本紙・坂本〕
週刊つりニュース関東版2005.11.04号より抜粋


2005年10月7日(金曜日)

千葉(外房) 大原 はなぶさ丸

はなぶさ丸 山口信幸船長

実践からの助言定評

外房大原の代名詞と言えば、ヒラメやフグ、マダイなど四季折々に盛んな釣り、日本一の水揚げを誇る伊勢エビ、江戸時代から続く勇壮さを誇る裸祭り。この3つがすぐに思い浮かぶことだろう。この3つに共通するのが船宿「はなぶさ丸」の山口信幸船長(51)=写真=だ。

先々代までは網繰船でイワシを捕っていたが、先代から自船で伊勢エビ漁を開始。後を継いでこの道に入った船長は、職漁のかたわら釣り船も併営し、数年前からは釣り船専門となり現在に至っている。

伊勢エビの網掛けが長く大原沖の海底の様子は手に取るように分かるようで、ポイントは十二分に承知している。また自身が釣りキチで、客の少ない時などはサオを出して日ごろから実践、研究しているので、釣り人へのアドバイスもお手のもので説得力がある。安全第一をモットーに楽しく釣りができるようにと心がける。釣らせたい一心でうるさいことも言うらしいが、豪快に笑う笑顔から、十分釣り人からは支持されているのが伝わってくる。

毎年裸祭りともなると血が騒ぎ、連日繰り出すという祭り好きの海の男だけに、海の上では多少荒っぽくても、周りもそれを心地よく感じる雰囲気になるのかもしれない。

▼はなぶさ丸
0470(62)1750

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2005.10.07号より抜粋


2005年9月23日(金曜日)

千葉(外房) 大原 春栄丸

春栄丸 白川清一船長

気配りと熱血指導

外房大原港は伊勢エビの水揚げ日本一を誇る職漁基地として有名だが、釣り船の多さでも千葉県屈指の港である。

その大原港で釣り船一筋の「春栄丸」を営むのが白川清一船長(50)=写真=。この道に入り35年、まだ大原に釣り船がいくらもないころから老舗船宿として営業していた大船長とともに大ダイ専門の日々を送った。

伝統のビシマ釣りを長年続けたが、釣り物の多様化で活イワシエサを使えるようになってからは、秋〜冬はヒラメ専門。春〜夏はイサキと、現在は釣り人のニーズに応えて出船する。

熱血指導で有名な船長は、船上では常にマイクでアドバイスを送り、常連さんからは時にうるさがられるほど四方に目を向け釣り方を指導。ヒラメの時期には注意をよく聞く初心者が、並みいるベテランを差し置いてサオ頭になることもたびたびあるほど、指導には熱心であり釣らせる技術はかなりのもの。

現在は3代目を目指す永一若船長とともに舵を握るが、口で釣らせる船長とは対照的に、エサの補給、タモ取り、オマツリ解きと常に動きで釣らせんとする若船長との船上連携プレーは、魚だけでなく釣り人の満足感も釣らせてくれそうだ。

春栄丸
0470(62)1098

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2005.09.23号より抜粋


2005年6月17日(金曜日)

外房大原 よしえ丸

よしえ丸 田中等船長

闘志秘めた好漢

外房大原港は、伊勢エビの水揚げ日本一を誇る千葉県でも有数の漁港として知られている。そんな大原の海を舞台に、3代目船長として毎日舵を握るのが釣船・よしえ丸の田中等船長(39)=写真=だ。

高校卒業と同時にこの道に入り、大船長とともに伊勢エビ漁に従事しているが、15年前から釣り船も兼ねるようになり、現在に至っている。

商売の時は大船長と一緒だが、釣り船の時は1人で、長年で得たデータを釣らせるためにフルに活用しているようだ。

最近はハイテク機器の普及で、どの船長も当たり前のように根を知っているが、伊勢エビの網を毎日のように掛けて20年以上ともなると、知ってて当たり前のシベルは相当高そうだ。大原沖の根はだいたい知っているという言葉にもかなり説得力がある。

釣りは遊びだから「安全第一で一日楽しく」がモットー。いつでもお客さんがたくさん釣って帰れるようにと、また、釣り物も秋にはヒラメとフグのリレーなどお客さん本位に楽しんでもらうことを最優先にしている。実際には「みんなに負けない気持ちでやっている」というように、内に闘志を秘めた、なかなかのイケメン船長である。

よしえ丸
0470(62)2266

〔本紙・坂本〕
週刊つりニュース関東版2005.06.17号より抜粋


2005年6月3日(金曜日)

外房大原 加幸丸

加幸丸 梶幸男船長

クロメバルが看板

外房大原は千葉県でも有数の遊漁船の基地であり、そこで釣り船・加幸丸を営むのが梶幸男船長(49)=写真=だ。高校卒業と同時に職漁の道に入り、水揚げ日本一を誇る大原沖の伊勢エビを獲っていたが、6、7月の禁漁期に合わせて15年前から釣り船を併営するようになり現在に至っている、海一筋生粋の海の男である。

大原沖と言えばヒラメやフグ、マダイ、イサキなど人気の高級魚が目白押しだが、船長がこだわりを見せる同宿の看板も高級魚のクロメバル。冬〜6月にかけて専門に狙う宿はほかになく、メバルファンは注目だ。

クロメバルといっても東京湾とはわけが違い、5尾釣れれば船代の元が取れ、10尾も釣れれば十二分という30センチオーバーが当たり前の大型が揃うのが魅力。

カサゴやハタなど外道も素晴らしい。

遠くからわざわざ来てくれたお客さんに、一日楽しく1尾でも多く釣ってもらいたいと言う船長だが、モットーは「安全第一」。

大原の海を知り尽くした屈強な海の男だが、海が悪い日ははっきりと「怖い」と言う正直さがあり、それが釣り人に安心感を与え、安全へとつながっているようだ。

加幸丸
0470(62)1190

〔本紙・坂本〕
週刊つりニュース関東版2005.06.03号より抜粋


2005年5月20日(金曜日)

外房片貝 第1二三丸

第1二三丸 小倉忠船長

夢は3.2キロ超のハナダイ

外房片貝港で第1二三丸を営む小倉忠船長(46歳)=写真=は、釣れないと胃が痛み、その解消に食が進んだあげくにストレスで太ってしまったと公言するユニークな船長だ。

21歳の時、家業の職漁の道に5代目として入り、ヒラメなどを獲っていたが、13年前より釣り船に転向。親父さんとは世代の違い、考え方の違いを考慮し最初から違う船、釣り物で開始。

翌々年には資金・客数で不安はあったが思い切って現在の大型船を新造。タイミングよく折からの釣りブームにも乗り、何とか現在に至ったという。

腕が悪いから人並み以上に考えないと、釣り人に釣らせられないと謙遜する船長だが、ウイリーシャクリヘのこだわりと実践は相当なもの。初心者は理論を聞いてみる価値が大いにあるだろう。

船長のハナダイ記録は47センチだが、職漁時代には3.2キロの超特大を見ており、更新を目指してほしいという。「釣って楽しく、食べて美味しく」を目指し、奥さんの実家が水産会社なので、釣った魚を干物にするサービスも提供している。

さらに、下船後の反省会や顧客の管理までを重要なアフターフィッシングの一部と考え、視点を変えた人間性あふれる付加価値を随所に見せてくれるなど「海とともに、魚とともに」がスローガンの船長だ。

第1二三丸
0475(76)9957

〔本紙・坂本〕
週刊つりニュース関東版2005.05.20号より抜粋


2005年4月8日(金曜日)

外房片貝 洋一丸

洋一丸 行木加雄船長の息子の洋一船長

メーンはハナダイ 親子連携で釣果向上

都心に一番近い外房と言われる片貝。ハナダイ釣りのメッカとして、一年中釣り人の絶えない人気漁港だ。その片貝で釣り船「洋一丸」を営むのが行木加雄船長(66)だ。

親の代からの職漁の道に入り、ハマグリなどの貝やサヨリ、シラウオなど片貝沖のあらゆる魚を20年以上捕り続け、18年前に釣り船に転向した。息子の洋一さん=写真=は電子関係の仕事に10年間就いていたが、新造船が就航した10年前にこの道に入り、本格的に2代目船長を目指すこととなった。

大船長は「息子に責任を持たせ、早く一人前にするために」と、半年で洋一船長に操船をすべて任せる教育を断行した。

ハナダイをメーンに、季節に応じてイサキやヒラメなどのポイントの把握も万全。現在は若船長の操船で、大船長は完全に助手に徹し、日々海に出ている。釣り人にはたいへん頼もしい存在だ。

「昔と違って船も機械もよくなり、操船もポイント探しも楽になったが、以前のようにいくらでも釣れた海とは違うので、息子も苦労が多い」と大船長は語る。

「お客さんにたくさん釣ってもらい、満足して帰ってもらうのが一番です」と、親子連携で釣果向上の算段に余念はない。

洋一丸
0475(76)5769

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2005.04.08号より抜粋


2005年3月11日(金曜日)

千葉(外房)片貝 第一泉丸

第一泉丸 泉誠造船長

豪快で楽しい船長 釣らせる努力も惜しまない

外房片貝港で第一泉丸を営む泉誠造船長(50)=写真=の本業は建材業。釣り好きで、趣味が高じて船長になった人は結構いるが、泉船長もその一人。

カツオのトローリングが大好きで、本格的に船を作ってカツオ釣りにのめり込んだのが14年前。

今の船は3隻目で18トンの大型。カツオは一年中狙えるわけではなく、オフシーズンに船を遊ばせてはもったいないと10年前から釣り船を始めた。

仕立専門でスタートし、沖釣り人気の高い時代だけに、本業の建材業ともども儲かってよかったと笑顔を見せる。操船中に無線で僚船と話をしている船長は多いが、泉船長もまさにその一人。

しゃべりっぱなしの感もあるぐらいの面白い船長だ。その一方で釣らせるための努力は惜しまず、お客さんも釣るための努力をしてほしいと本音もズバズバ。

「上手な人は自分で工夫している。たくさん釣ってくれる人はいい情報を発信する手伝いをしてくれるのだから、本当は無料でもいいくらい」

と、掛け値なしの言葉がスラスラと出てくる。

「オレは変わってるだろう」と自ら言い、豪快な面が常に垣間見える楽しい船長だ。

第一泉丸
0475(77)4340

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2005.03.11号より抜粋


2005年2月18日(金曜日)

千葉(外房)勝浦川津港 喜美丸

喜美丸 渡辺美喜夫船長
外房勝浦沖のイサキといえば、旬の初夏はもちろん、冬場の特に脂の乗った寒イサキの人気も高く、8月〜10月の禁漁期を除いて1年中釣人の絶えない人気魚。

そんな勝浦沖の美味イサキをメーンに狙っているのが勝浦川津港で釣船「喜美丸」を営む渡辺美喜夫船長(40)=写真=だ。

9年前に親父さんとともに新造船を造りこの道に入り現在に至っているが、それまでは漁協で働くサラリーマンだった。イサキに徹底したこだわりを持つ船長だが、冬場は海中公園から興津沖をメーンに、食べては1年中で最高と言われる脂の乗った寒イサキを狙い、夏場は三本松などで卵や白子が入った、冬場とは違った美味しさを持つイサキを狙う。

サラリーマン生活では人付き合いで難しい面もあったが、船の上ではまったく違った出会いがあり、毎日が新鮮なふれあいの場に感じると言う。たくさん釣りたい人もいれば、ゆっくり楽しめればいいという人もいて千差万別。

釣り人が一日楽しみ喜んでくれればOKと、人数限定で釣り座間隔2メートルを確保。ゆったり気分で束の間のいやしの空間へと誘ってくれる。

▼喜美丸
0470(73)0761

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2005.02.18号より抜粋


2005年1月14日(金曜日)

外房太東港 勘栄丸

勘栄丸・渡辺秀明船長

好感呼ぶソフトな物腰 ポイント熟知

船長タイプにはいろいろあるが、海の男でネクタイの似合う人はあまりいないだろう。しかし、外房太東港の勘栄丸・渡辺秀明船長(48)=写真=は、背広を着ると真面目なサラリーマンそのもの。荒海に乗り出す姿はあまり想像できない、甘いソフトな表情を見せてくれる。

高校卒業後に家業を継ぎ職漁の道に入って、この道31年。すでに筋金入りの海の男である。関東屈指の水揚げを誇る伊勢エビやタコ、ヒラメなどを獲っていたので、海の底はすべて知っている。

当然釣りのポイントも熟知しており、GPSを頼りにしなくても根の場所は分かるようだ。その経験を生かすべく9年前から乗合を始め、現在に至る。

元々釣りが大好きな船長にとっては、お客さんに釣らせること、喜んでもらうことの方がむしろ向いている様子。どちらかというと無口な船長だが、船上では的確なアドバイスを与え、ソフトな物腰と釣らせる努力を怠らない態度に釣り客からの信頼もかなり高い。

出船前の港では、明るい女将さんによる席の抽選から始まり、下船後の宿での昼食を食べながらの釣り談議にふける一日は、忙しい現代社会に一時の安らぎを与えてくれる。

勘栄丸
0470(87)2296

〔坂本〕
※週刊つりニュース関東版2005.01.14号より抜粋


2005年1月7日(金曜日)

外房 片貝 孝徳丸

孝徳丸 中村清船長

若船長も気合十分!! ハナダイ詣で人気

都心に一番近いと言われる外房の片貝は、ハナダイ、ヒラメをメーンに四季折々の豊富な魚種を誇る一大遊漁基地だ。

その片貝港で16年前より釣り船を開業し、巻き網船に乗った職漁時代から合わせて50年間も海の仕事に従事する生粋の海の男が孝徳丸の中村清船長(65)=写真=だ。

6年前には大型船を就航させ、4年前から息子の孝幸さんが17年間の会社勤めを辞めて2代目船長の道へと入った。「親父も年を取って疲れているだろうから」と親思いの一面を見せる若船長も、助手からの修業を終え今では完全に一人立ち。

おもにヒラメやアカイカは大船長、ハナダイは若船長が担当しているが、決まりを守って、いかに全員に楽しく釣ってもらうかの算段に日夜苦労しているという。口数は少ないが内に闘志を秘めての舵取りの日々が続いている。

年末年始のこの時期はハナダイの人気が高く、おめでたい席用にとハナダイ詣での釣り人が多いので、いつも以上に釣らせなくてはという使命感に燃えているようだ。

1日、2日の正月休みもそこそこに、3日からの初出船で一番気合が入っているのは若船長に間違いないだろう。

孝徳丸
0475(76)4142

〔本紙・坂本〕
※週刊つりニュース関東版2005.01.07号より抜粋


2004年10月1日(金曜日)

外房片貝 幸辰丸

幸辰丸 2代目船長を目指す息子の昌幸さん

ハナダイ中心に出船中 修行中の息子と親子船が夢

外房の中でも一番都心に近いといわれる片貝港は、イワシ漁がとくに有名だが、ハマグリやナガラミ、赤貝といった貝類の一大産地でもある。

その貝を18歳のときから30数年間とり続け、平成4年から釣り船・幸辰丸を開業したのが糸日谷清治船長(64)だ。

長年の職漁生活で、貝をとる合間に刺し網もやり、片貝周辺のポイントは熟知。現在はハナダイメーンで日々出船している。

「自然相手は漁も釣りもいい日もあれば悪い日も」の言葉通りで、釣れない日は疲れると言う。漁なら自分に実入りがないですむがお金をもらう手前、釣りでは何とかお客に釣らせなくてはと、手抜きの一切ない緊張の連続らしい。

漁は肉体的には何倍も疲れるが、一晩寝れば疲れはとれる。しかし、釣りは精神的に疲れて一晩ではとても直らないらしい。お客あっての商売と自覚する船長は要するにまじめなのである。

2年前からは2代目船長を目指す息子の昌幸さん(31)がまったく畑違いのサラリーマン生活から、自ら選んで遊漁の道に入り修行中。いずれは新船を作り親子船での出船を夢見ているようだ。 

▼幸辰丸
0475(76)3187

〔坂本〕
※週刊つりニュース関東版2004.10.1号より抜粋


2004年9月17日(金曜日)

外房大原 富士丸

富士丸 坂下隆一船長

伝統守り時代にも対応 柔軟性に富んだ力発揮

外房大原では古くからビシマでマダイを釣らせる船宿が多い。その中の一軒・富士丸を営むのが坂下隆一船長(37)だ。

15歳から海に出たキャリアで大原沖の海は自分の庭のようなもの。一年中ビシマでマダイを狙ってはいるが、ビシマでなくてはいけないというのではなく、シャクリでも何でもOKと、うるさいことは一切言わない。

お客さんが獲物を上げた笑顔を見るのが一番と言い、そのためにも好みの釣り方で楽しんでもらうとのこと。

実際、秋の浅場狙いではシャクリの豆テンヤにはかなわないらしく、船長もときどき試みるらしい。

マダイ専門とはいえ、年間を通して釣れる訳ではないので、時期に応じて、要望があればヒラメやイサキ、フグに出船。

ビシマの釣り方も聞かれればしっかり教え、伝統を守りつつも時代に即して臨機応変に対応。若い柔軟性に富んだ力を存分に発揮している。

秋の深まりとともに大ダイのチャンスが多くなる。口数は少ないが闘志を内に秘めた船長の、船宿記録12キロの更新を目指した舵取りが今日も続く。

富士丸
0470(62)2016

〔坂本〕
※週刊つりニュース関東版2004.09.17号より抜粋


2004年7月23日(金曜日)

外房小湊 金助丸

金助丸 唐鎌偉幸船長

安全第一がモットー キンメ漁の経験生かす

安全第一。船宿を営む上でこれをモットーとしている船宿は多い。

外房・小湊で金助丸を営む唐鎌偉幸(からかまひでゆき)船長(64)もその一人。もっとも船長の場合は、慣れない人でも安心して船釣りが楽しめるように、というのがその理由だ。

天気予報がよくないと、無理をせず出船を中止する。「おかげでキャンセルってのは、あまりないけど、出船率も港で一番低いんだよ」と船長は笑う。しかしながら一方でこうした対応がお客の信用をつかみ、後々リピートにつながっていると自負する。

船宿を開業して10年。15歳でサケ・マスの北洋漁船に乗り込んだ後、キンメ、イカ、サバ、カツオと職漁を営んできた船長。なかでもキンメ漁30年の経験は、2枚、3枚潮の場合を含めて底潮の読みや船の流し方などに大いに役立っている。

今年はアカ、ヤリ、スルメイカが予想を上回る好調ぶり。9月以降期待が掛かるマダイもこうあってほしいが、「今、釣れている、釣りやすい魚を狙っていくよ」と船長はあっさりしたもの。こだわりとさりげなさが印象的で、肩の凝らない船宿かもしれない。

▼金助丸
0470(95)3498

〔下條〕
※週刊つりニュース関東版2004.07.23号より抜粋


2004年7月16日(金曜日)

外房飯岡港 太幸丸

太幸丸 浩司若船長

優しい物腰で対応 18トン大型船も導入

外房飯岡といえば、豊富な魚種で一年中釣り人の絶えない人気ポイントだ。

同港で釣り船・太幸丸を営むのが実川四郎船長(62)と浩司若船長(32)=写真=だ。大船長は15歳のときから実家の巻き網船に乗り、兄弟7人で漁にまい進、プロッターを一番早く導入するなど、近代漁法の先駆者でもある。

職漁時代の経験を生かし18年前から遊漁の道に入ったが、平成10年にケガを負い、それがきっかけとなり浩司船長がこの道に。もともと水産高校を出ており、船舶免許も取得していた若船長は実習で巻き網船にも乗っており、すんなりと2代目船長への道に溶け込んだようだ。

しかし、操船するだけではだめなのが釣りの世界。釣らせるためのポイント習得や新場所の開拓に日々修行の毎日を送り現在に至っている。大船長をして「もう、せがれにはかなわない」というほどに腕も向上。また、漁師然としない甘いマスク、優しい物腰で、釣り客の評判も上々だ。

今年3月には18トンの大型船を導入。より早く、より快適にポイントヘ釣り人を送り、楽しい一日が過こせるよう万全の態勢が整った親子船は、今日も飯岡沖を東奔西走して釣り人の期待に応えてくれるだろう。

太幸丸
0479(63)1902

〔坂本〕
※週刊つりニュース関東版2004.07.16号より抜粋


2004年5月21日(金曜日)

外房片貝 増栄丸

増栄丸 熱田重一船長

ポイント選びに腕に自信あり ハナダイ主体に深場の根魚にも対応

都心に一番近い外房といわれる片貝港は、イワシ漁で賑わう職漁基地として有名だが、ハナダイやヒラメなどを狙う釣り船も多く、釣り人が絶えることのない遊漁基地でもある。その中で、釣り船・増栄丸を営むのが熱田重一船長(49)。釣り船に転向して18年目だが、その経緯は約2年の会社勤めを経験した後、家業である職漁に従事。釣り人気の高騰とともに釣り船の道に入った。

開業当時は魚も多く、サビキ仕掛けだけでハナダイがたくさん釣れ、ヒラメの数たるや半端ではなかったと、船長は回想する。

現在はハナダイをメーンに、季節に応じた魚を狽狙っているが、常連が飽きないようにオニカサゴやアラまで対応できるという。

GPSプロッターの普及によって、ポイント選びで昔ほど腕の見せ所がなくなってしまったと笑顔を見せる船長。裏を返せば、長年の積み重ねによる並々ならぬ自信の表れだろう。

増栄丸
0475(76)2524

〔坂本〕
※週刊つりニュース関東版2004.05.21号より抜粋


2004年4月30日(金曜日)

外房勝浦川津港 鈴丸

鈴丸 鈴木武夫船長

得意のイサキにこだわり 夏はヒラマサ、午後船ではイカ、フグ

外房勝浦沖といえばヒラマサなどの青物やイカなどの大物、小物と魚種多彩な釣り場。ここでイサキにこだわりを見せるのが勝浦川津港の鈴丸の鈴木武夫船長(48)だ。

釣り船を始めて18年、その前は15歳から15年間みっちりと職漁師の道でカツオやイカを獲っていたという。

得意の釣り物はと聞けば即座にイサキと返ってくるように、8〜10月の禁漁期を除いてはイサキオンリー。禁漁期間はヒラマサ狙い、また、午後は季節によってイカやフグなど同地区の釣り物に対応する。

釣り船開業時は手探りで釣り物を開拓。お客さんに教えてもらったこともあったと言う。職漁師時代は、口のきけない魚が相手で船では喋ることもなかったが、その点釣り船はいろいろな人が集まり、様々な話題や釣り談議ができる。職漁師時代とは違って船上での対話も楽しみのひとつだ。

安全第一、で楽しい一日を過ごしてもらうのがモットーの船長には、今現在を精一杯にと、毎日毎日が釣り人をいかに楽しませるかがエンドレスの課題のようだ。

▼鈴丸
0470(73)1560

〔坂本〕
※週刊つりニュース関東版2004.04.30号より抜粋


2004年4月2日(金曜日)

外房飯岡 三次郎丸

三次郎丸 加瀬健一船長

イカ釣りに自信! 自分の庭にようにポイント把握

外房飯岡港といえば、四季折々で様々な魚種が狙え、釣り人の絶える日がない一大遊漁基地。その港で三次郎丸を営んでいるのが加瀬健一船長(41)。

18トンの大型新造船と14トンを含む2隻の計3隻で多彩な釣り物に対応している。高校卒業後にこの道に入って23年。学生時代から仲乗りとして船に乗っていた船長にとって、飯岡沖は自分の庭のようなもの。ポイントも釣り方も十分把握して何にでも対応できると言う。

その中でも一番自信があり、メーンとなるのはイカ。現在はヤリイカだが、早い時期から飯岡ではただ1船、スルメを狙っていて、ヤリイカだけしか狙わないほかの船宿とは違う意気込みと自信が話し隅々にうかがえる。

ベテランにも初めての人にも、すべての人に一日楽しんでもらえればと、アドバイスするのはもちろんのこと、釣れるポイントを求めて東奔西走するのは当たり前。釣ってもらいたいという気持ちを全面に表わす船長は、すべての釣りファンの頼もしい味方だ。

三次郎丸
0479(57)3371

〔坂本〕
※週刊つりニュース関東版2004.04.02号より抜粋


2004年3月5日(金曜日)

外房片貝 山晃丸

山晃丸 中川幸信船長と尾崎圭太船長

四季の釣り物に対応 今後ルアー専門船も

外房片貝港といえば都心に一番近い外房の港として、そしてハナダイ釣りでも有名な港。

沖には片貝海溝を控え、キンメやアコウ、スルメイカなどの深場釣りも盛んで、今回紹介する山晃丸も現在これをメーンに出船している。

中川幸信船長=写真右=(41)は、若いころにハマグリ漁を経験したことはあるが、本職は電気関係。釣り好きが高じて昨年11月からこの道に入った。経験を生かし、ハイテク機器の扱いはおてのものでポイントもばっちり。四季の釣り物への対応もぬかりない。

以前は居酒屋も経営していたので、希望があれば下船後に腕をふるってくれる。

また、クルーザーもあるので希望でカジキのトローリングや観光クルージングもOKと、釣り船だけでなく海のレジャーもお任せだ。

もう1人の尾崎圭太船長=同左=(28)は、三重の水産関係の大学に在籍中、全日本大学釣魚連盟に入り、釣りとの関わりは深い。ゆくゆくはルアー専門での出船も予定している。

船着場の目の前にある待合所ではコーヒーやお茶のセルフサービスを完備。下船後は気さくな両船長と語らえる、釣り人の憩いの場となっている。

山晃丸
0475(76)7254

〔坂本〕
※週刊つりニュース関東版2004.03.05号より抜粋


2004年2月20日(金曜日)

外房小湊寄浦港 小沢丸

小沢丸 2代目の宏至船長

山立てでポイント把握 看板はマダイ・シマアジ

年間を通して温暖な潮が流れ込み、点在するいくつもの根が潮の流れと作用して、豊富なプランクトンを生んでいる外房・内浦湾。「鯛の浦」とも呼ばれ、当地を代表するマダイポイントの一つだ。

小湊寄浦港・小沢丸は、そんな恵まれた漁場を舞台にマダイ、シマアジを看板に掲げ、ヒラマサ、イサキ、イカなど様々な釣り物で創業36年を数える。

大船長の小澤勇さん(66)は、そもそも網職としてシマアジ、伊勢エビ、サザエ漁などを生業としていた。シマアジ釣りにも魅せられ、「船に釣り人を乗せてやったら喜ぶだろうなあ」と思ったのが船宿開業の始まりなのだとか。

当地でも早くから船宿を営んできた実績と自信は、GPSプロッターそっちのけで昔ながらの山立て(地形・建物などを利用しポイントを定める方法)を愛する姿勢や、自慢のオリジナル天ビンに垣間見ることができる。

現在は、はつらつとした笑顔が印象的な2代目・宏至船長(30)=写真=との相互支援体制でお客をサポート。「みっちり私の下で修行を積んだから、釣りのウデもピカイチだよ」と大船長。

春のマダイシーズンが楽しみな船宿だ。

小沢丸
0470(95)2428

〔下條〕
※週刊つりニュース関東版2004.02.20号より抜粋


2003年10月3日(金曜日)

外房 御宿 布子丸

布子丸 武田善一船長と息子の佳弘さん

日々研鑽の親子船 “看板はイサキ”を目指す

外房御宿・布子丸の武田善一船長(53)=写真右=は、以前から「50歳になったら釣り船をやる」と決めており、3年前に新造船を就航した。

今のところ職漁との兼業。しかし、釣り船で出船する時は、お客さんに「釣らせたい、釣ってもらいたい」との思いから、オマツリをしては気の毒と、まずまずの大型船ながら人数を抑え、ゆったりと釣りができるように配慮している。

職漁経験はかなり豊富で、若いころは海士(あま)もやって、アワビ漁で生計を立てていたという。その後、海士だけでは苦しい状況となり、カツオ主体にイセエビ漁なども行い、カツオ漁では青ヶ島へも遠征した。

徐々に釣り船専門に移行したいとの船長の意を受けた息子の佳弘さん(24)=同左=は、何にでも対応できるようにとフグの処理免許も取得。根魚のポイントから、この地区で特に人気のヒラメやイサキの釣り方、釣らせ方を会得し、将来的には“イサキの布子”呼ばれたいと熱く夢を語る。

経験豊富な大船長と研究熱心な若船長の親子船は釣り人の強い味方になるだろう。

▼布子丸
0470(68)2439

〔坂本〕
※週刊つりニュース関東版2003.10.03号より抜粋


2003年9月26日(金曜日)

外房 大原 利永丸

フグへの思い入れ強く… 「楽しく、美味しく」が願い
千葉県一の遊漁船数を誇る外房大原港。豊富な魚種は釣り人を魅了して、1年中サオを休ませる暇を与えないほど。10月からはヒラメとショウサイフグが解禁となるが、フグ1本を看板にしているのが、利永丸だ。

高校を卒業して15年、今や若手のホープとして連日舵を握るのが、中井春樹船長(32)。得意の釣り物と聞かれれば、即座に「フグ」と答えるようにフグに対する思い入れは深く、夫婦でフグ処理の免許を持つほど。

「楽しく釣って、美味しく食べてもらいたい」との信念は、多くの釣り人の共感を呼び、常連客をつかんで離さない。

フグ一筋といっても禁漁期はイサキからイカ、根魚と大原の釣り物すべてに対応する準備は怠らない。

「だれもに楽しい1日を過ごしてもらいたい」との願いからだ。ちなみに船長は高校時代から大の“矢沢永吉”ファン。

今でも関東周辺でコンサートがあれば、次の日が仕事でも出かけるという。インターネットのサイトで知り合った仲間とともに追っかけに興ずる熱い男でもある。

釣り人に何が何でも釣らせようと海上を駆け巡る姿と、思わず重なって見えた。

利永丸
047(62)4601

〔坂本〕
※週刊つりニュース関東版2003.09.26号より抜粋="” />


2003年8月22日(金曜日)

外房 松部港 希佳丸

希佳丸 中村佳功船長

勝浦周辺の釣り物を熟知 すべての満足のために“一歩一歩”

外房勝浦周辺には勝浦港をはじめとして大小様々な港が点在する。その中の一つ、松部港で15年前から釣り船・希佳(きよし)丸を経営するのが中村佳功船長(49)。

地元の勝浦水産高校を卒業後、主にインドネシアなどの東南アジアを往復する貨物船に乗り込み、行きは雑貨、帰りはラワン材を積んで行き来するという航海生活を5、6年経験。

その後オイルショックの不況が襲い、船員生活を断念することに。進むべき道を模索した結果、実家に戻って遊漁の道へ入った。3年間ほど見習いから船長への修行をし、勝浦周辺の釣り物、ポイントをマスター。

そして現在に至っている。船員生活はしたが職漁経験がなかったので、いわゆる漁師然としたところはない。話し方も落ち着いており、どことなく知的な印象を受ける。

そんな船長のモットーは「一歩一歩」。お客を大切にして、釣り人の要望や技量に合わせて楽しい1日を過ごしてもらうには、やはり日々の積み重ねが大切とのこと。

カメほど遅くては困るが、最終的にすべての満足を得るためには、あせらず確実にという信念を持った船長である。

希佳丸
0470(73)6835

※週刊つりニュース関東版203.08.22号より抜粋


2003年8月8日(金曜日)

外房 片貝 新亀丸

新亀丸 宇津木操船長

安全第一情報収集を怠らない 「釣り人の笑顔を見たい」

外房片貝といえば、いわし博物館があるほどイワシが有名だが、アカガイやハマグリ、ナガラミといった貝類の漁も盛んに行われている所。そんな貝漁に長年従事し、15年前から釣り船「新亀丸」を営むのが宇津木操船長(52)だ。

実家を継いで漁の道に入り、刺し網や巻き網も経験したが、釣り船を始めるに当たっては、先輩の船で3年間修業を積んで準備したという。

“片貝といえばハナダイ”と言われるほどだが、ハナダイを釣らせる自信は十分あるものの、自然が相手となると読み違うこともあるのが常。そんな時こそ長年のカンが物をいうが、さらに大事なのが仲間の存在。

仲間同士で魚の群れを探し、お互いに情報交換をして魚の食う場所を見つけるという。温厚な表情で話す船長のモットーは安全第一。太平洋の上で楽しく釣りをしてもらうためには苦渋の選択もあり、厳しい決断を迫られる時もあるという。

「いい釣りをして満足気な釣り人の笑顔を見たい」と語る船長。多くの仲間と手を結び、アンテナを広め情報交換に努力を惜しまぬ船長は、釣り人にとって実に頼もしい夢先案内人だ。

新亀丸
0475(76)6639

※週刊つりニュース関東版2003.08.08号より抜粋


2003年7月25日(金曜日)

外房 太東 合同丸

合同丸 岡本厳船長

ヒラメ釣りを得意とする頑固一徹船長 明るい女将さんも人気者

延々と続く外房九十九里の砂浜が終わり、岩礁地帯の始まる太東岬に位置する太東港。ここで平成元年から、釣り船「合同丸」を営み、ヒラメ釣りを得意としているのが岡本厳船長(63)。

以前は勤めに出るかたわら、乗合船で仲乗りを経験していた船長。48歳の時にこの道に飛び込んだという。

自分はまだ素人と、謙虚さも忘れない船長だが、人にポイントを聞くのは恥と思い、すべて自分で探しながら吸収していったという頑固一徹。

また、他船に惑わされず、自分が決めたポイントでの勝負を心掛けているので、船上では厳しい表情も見せる。

下船後は「合同丸は私でもっている」という女将さんが出迎え。商人の家に生まれただけあって口も滑らか、元気いっぱいの人気者。釣り客の疲れをやわらげ、気分よく見送ってくれる。

船上では一生懸命で無口な船長と、それを温かくサポートする陽気な女将さん。毎年ヒラメ釣りの時期になると変わらぬ顔ぶれが集まるのは、この2人の魅力がそうさせているに違いない。

合同丸
0470(87)3531

※週刊つりニュース関東版2003.07.25号より抜粋


2003年7月4日(金曜日)

外房 太東港 重宝丸

重宝丸 渡辺正克船長

サービス業に徹底 料理指導もお任せ

船宿と港を往復する船長の車は白い軽トラと相場は決まっているが、外房太東港・重宝丸の渡辺正克船長(46)はちょっと違う。真っ黄色のピックアップタイプのバンで、まるでサーファー、ビーチボーイズの世界だ。

頭を金髪に染め、目立ちたがり屋を自負する船長だが、船長歴は約20年と長く、太東で一番古い老舗船宿の伝統はしっかりと継承している。最近まで船長のかたわらレストランのコックとして活躍しており、客商売=サービス業という図式は奥さんともども自然と身に付いた好印象となって表れているようだ。

どちらが本業か分からないくらい力を入れたレストラン。テレビや料理雑誌にも紹介されたことがあるほどの腕前は、現在釣り人への魚料理のアドバイスに活かされている。

宿には厨房が付いているので、要望があれば実際に教わることも可能で、プロの腕で伝授してくれるという。荒海に生きる海の男ではあるが、華麗な食の創造者としての一面が釣り人を喜ばせ、海の厳しさを和らげる作を生んでいる。

▼重宝丸
0470(87)2372

※週刊つりニュース関東版2003.07.04号より抜粋


2003年5月9日(金曜日)

外房 大原 き栄丸

き栄丸 佐藤克典船長と芳明船長

マダイ釣りにこだわり見せる兄弟船

ビシマ釣りといえば、外房大原の伝統釣法として確固たる地位を築き、こだわりの釣りとしてファンが多い。そんな中で、マダイ釣りにはこだわるが、釣り方は自由に楽しんでほしいというのが、大原港で兄弟船のき栄丸を営む佐藤克典船長(38)=写真左=と芳明船長(32)=写真右=だ。

いかに釣らせるかにこだわりを持つ兄弟船長は、海の上ではよきライバルで、同じ釣り物で出船する時も港を出れば右左。自分の操船する船の釣り人に、より多く釣らせようと火花散る戦いになるという。

芳明船長は、ブラックバスまでも手を広げる釣り大好き人間で、釣り人の身になり、いかに1日を楽しく過ごし、みんなが釣れるようにと考えて舵を握っているという。

ビシマ釣りにこだわらずに、シャクリでもサオ釣りでも何でもOKという2人が現在模索していることは、バス用のライトタックルでマダイを釣らせること。

釣らせることにこだわれば、釣り方は簡単になり広がりも見せる。魚が釣れれば釣り人も動き、港の活性化にもつながるだろう。若い船長の将来を見据えた方策のようだ。

き栄丸
0470(62)1805

※週刊つりニュース関東版2003.05.09号より抜粋


2003年3月28日(金曜日)

外房 飯岡港 幸丸

幸丸 向後嗣一船長

徹底したサービス提供 釣り人が喜ぶ新企画を実施

外房飯岡港といえば、四季折々で多彩な魚種が狙え、それに対応する船宿の受け入れ態勢の充実度は関東でも屈指。その飯岡で、今年創業50年を迎える幸丸を経営するのが向後嗣一船長だ。

船酔いするのでこの道に進む気はなく、もともと会計士を目指していたが、大学4年の時に先代が他界して急きょ跡を継ぐことになった。この地区の午後船や、夏休みのファミリーフィッシングのパイオニアでもある船長のモットーは「お客さんのためにサービスに徹すること」。

釣り宿=サービス業という考えから、接客を重要視し、毎月の目標を立て従業員に徹底させている。ちなみに3月の目標は「お客様がなごむような接客」とのこと。

下船時に用意される手洗い用のお湯やオシボリなどのちょっとした気配りなど、真心こもったスタッフ全員のつきつきサービスに感激しきりの釣り人も多いようだ。

季節に応じたイベントや会員制の導入など、釣り人が喜ぶ新企画を実施し、1歩先行く船宿を目指す船長の頭の中ではブンブンとうなりを上げて次のアイデアが生まれている。

幸丸
0479(57)2258

※週刊つりニュース関東版2003.03.28号より抜粋


2003年3月14日(金曜日)

外房 勝浦松部 釣り正

釣り正 店主の三谷忠男さん

ベテラン磯師が経営 「上物は近場で釣る」が持輪

外房勝浦周辺には、磯釣り1級ポイントの黒鼻を始め、勝浦港など堤防釣りに適した港や磯が点在。そんな黒鼻に一番近い国道128号沿いに店を構えるのが磯釣り専門店の釣り正だ。

店主の三谷忠男さんがこの地に店を開業したのは昭和53年。幼いころから父親に連れられ磯釣りを好み、趣味が高じてサラリーマンから転身。外房屈指ともいわれる磯釣りポイントを舞台に磯釣り師をサポートしてきた。

ここの磯は釣りに好都合の根が広がり、かつ海が深い。昔はこの磯でモロコも姿を見せ、青物の回遊もあったという。その中で、「上物は近場で釣るもの」という持論を持つ。ところが、最近では釣り方も変わったようで遠くに投げればいいと思っている釣り師も多く、以前ほど釣果が上がらないとのこと。

しかし、以前より本格的な磯師が少なくなったので、メジナやクロダイなどは増加しているとも。3月いっぱいまではサヨリやメジナ、その後は乗っ込みクロダイ、イシダイのシーズンに入る。

ベテラン磯釣り師は、勝浦周辺の磯・堤防のポイントを見て的確なアドバイスを与えてくれるだろう。

▼釣り正
0470(73)7368

※週刊つりニュース関東版2003.03.14号より抜粋


外房 片貝 吉栄丸

吉栄丸 川口吉男船長

ヒラメ釣りにこだわり “釣る”“釣らせる”自信満々

ハナダイ釣りで有名な外房片貝港で、10月から翌年の4月いっぱいまでヒラメ専門で出船するなど、ヒラメ釣りに特別なこだわりと自信を見せるのが吉栄丸の川口吉男船長(64)だ。

同港では年が明けるとヒラメを狙う船が少なくなるのが例年のパターンだが、実はこれからが本番。5月の産卵を控え、浅場での荒食いが見られるのだという。船長が職漁船から遊漁に転じて20年。

自ら釣りが大好きで休みの日には船を見に行くといって、そのまま沖に出てサオを出すほどの入れ込みよう。「釣り人の気持ちは痛いほどよく分かる」と語り、結果を出すために、次の日はどこから攻めようかと毎夜考えるという。

俗にヒラメ釣りは難しいといわれるが、「仕掛けを入れて」と言う時は、自信を持って勧める場所であり、「潮の流れさえあればアタリは必ずある」と胸を張る。そして「アタリが出た後は、いたずらにイトを出したりしてタイミングを計っているのはバラシの元。

誘って食わせてアワせるハナダイと違って、ヒラメがエサを食っている(サオが振れている)時にゆっくり巻けばヒラメは釣れる」と語る。ヒラメを釣る自信満々の船長は、釣らせる自信も満々で、今日も九十九里沖を東奔西走している。

▼吉栄丸
0475(76)5637
※週刊つりニュース関東版2003.03.14号より抜粋


2003年2月21日(金曜日)

外房 飯岡港 梅花丸

梅花丸 梅花繁船長と兄の武幸船長

兄弟で楽しく釣らせる エビハナダイにこだわりをもつ

外房飯岡港は多彩な魚種に対応する遊漁船が充実している。そんな飯岡港で16歳の時から船に乗り、職漁に、釣りにと飯岡沖を駆け巡ってきたのが梅花丸の梅花繁船長(39)=写真左=。シャイで優しい性格で、20年以上のキャリアを持つ。

そんな繁船長に昨年1月、強力な助っ人が登場。それまでサラリーマン生活を送っていた兄の武幸船長=同右=が船長としてデビュー。武幸船長は2歳年下の繁船長に指導を受け、さらに現在のハイテク機器満載の遊漁船で釣り人に満足のいく釣果を与えられるようになった。

楽しく釣らせることをモットーとする兄弟船は、ヒラメ、フグ、アイナメと何でもこなすが、やはりウリはエビエサのハナダイ。コマセハナダイが全盛のなかで、飯岡で唯一といってもいい梅花丸のエビハナダイ船には、長年継承してきたこの地のハナダイ釣りを今後も伝えて行こうという熱いこだわりがある。

梅花丸
0479(57)2145

※週刊つりニュース関東版2003.02.21号より抜粋


2003年2月15日(土曜日)

外房 片貝 文栄丸

文栄丸 森武公船長

行動力ある熱血船長 「全員が楽しく」がモットー

都心から一番近い外房といわれる片貝。イワシや貝類で有名な漁業基地は遊漁基地としても名をはせ、最新の大型船が揃い釣り人の二−ズに対応している。その中の1船、「文栄丸」を営むのが森武公船長(37)。

高校卒業と同時に家業の職漁の道に入り、ナガラミやハマグリ漁に従事。3年ほどしてコンビニの店長として接客業も経験。この道に入って8年目という経歴だ。職漁を経験していたとはいっても分野が違うため、釣りのポイントは自分で開拓したという努力家である。

モットーは「全員が楽しく」。釣りやすいスタイルで狙い、釣果が悪い日でも土産ができるように心掛けている。

自身も釣り好きで、指定席の操船室の下(右胴の間)が空いていればサオを出すので、釣り人の気持ちも分かり、的確なアドバイスも送れるようだ。

状況判断も素早く、イ力狙いからキンメに、ハナダイ狙いから青物へと臨機応変に対応する行動力はなかなかのもの。

片貝沖ではハナダイ、ヒラメ、イカ、イサキと様々な魚種が狙えるが、旺盛な開拓魂とハイテク機器を駆使して、どれも得意な釣り物にしてしまう熱血船長だ。

▼文栄丸
0475(76)1533

※週刊つりニュース関東版2003.08.15号より抜粋


2003年1月21日(火曜日)

外房 天津 快昌丸

快昌丸 池田敏彦船長

名物アマダイを狙う 温かく飾らない船長の会話は魅力

「毎年冬場にカジキがナダに入ってくると血が騷ぐんだよね」と熱く語るのは、外房天津港「快昌丸」の池田敏彦船長(41)。池田さんは、7年前に遊漁船を開業する以前は、引き縄でカツオ、カジキ、ヒラマサを獲る1本釣りの漁師だった。

今でもお客さんのいない時には趣味と実益を兼ねて愛船を走らす。現在、主に狙っているのは当地名物の大型アマダイ。いい日は50センチオーバーの大型が船中で数交じり、外道にもオニカサゴやキダイ、カイワリなど、美味な魚がきて好土産が作れる。ほか、ヒラメ、ヤリイカ、春からはイサキ、マダイ、秋にはカモシ釣りでヒラマサなど、旬の釣り物を追う。

ゲン担ぎを大切にする池田さん。釣果が悪かった日に着ていた服はすべて違うものに変えたり、調子のいい日が続くとヒゲを伸ばしたり…。そのヒゲは薄いらしいが、調子のバロメーターになるかもしれないので、出船前にはぜひチェックしておきたい。

精かんな顔つき一見怖そうに見えるが、話をすれば温かく、飾らない話で人を引きつける。テレビでたまに見かけることがある青森県大間のマグロ漁。「自分もあそこに住んでいたら、きっとやっていたんだろうなあ」と、心からつぶやく。そんな池田さんから、ロマンを求める人間像が浮かび上がってくる。

▼快昌丸
0470(94)1920

※週刊つりニュース関東版2003.01.10号より抜粋


2003年1月17日(金曜日)

外房 飯岡港 優光丸

優光丸 伊藤和一郎船長

新造船で深場狙いに対応 自家製のウイリーに強いこだわり

外房屈指の遊漁基地ともいえる飯岡港で釣り船「優光丸」を営むのが伊藤和一郎船長(42)だ。釣り船を始めて8年。17歳の時から職漁の道に入り、飯岡沖の多彩な魚種のポイントや釣り方はすべて頭に入っているという。

釣り人に納得のいく釣りをしてもらい、満足感を与えるために、常にやさしく接することを心掛けている船長だが、釣りに対するこだわりは相当なもの。とくに、ハナダイ釣りのウイリーには特別なこだわりを見せ、年間を通して釣れる仕掛けを研究。

2年間に渡って試行錯誤を繰り返した。毎日作り続け、お客さんに試してもらったりして約6000組を作成。そして、現在の特製仕掛けが完成したとのこと。また、ナダよりも沖めは清々としているので深場が好き」といい、3年前には新造船が就航。

深場のポイントへ正確に仕掛けを落とすための潮流計も搭載。深場狙いの対応も先をしっかり見て準備を怠らない。さらに、事あるごとにポイントを下調べしてコツコツと情報をインプット。仕掛けだけでなくすべての面で、準備万端に整えて事に挑むのが、船長の持論の「納得のいく釣りをしてもらいたい」に通じているようだ。

優光丸
0479(57)6281

※週刊つりニュース関東版2003.01.17号より抜粋


2003年1月10日(金曜日)

外房 飯岡港 清勝丸

清勝丸 熱田清船長と純一若船長

大型新造船を就航 ハナダイ、ヒラメがメーンの親子船

魚種多彩で人気の外房飯岡港。そこで巻き網船の機関長としてヒラメやマダイを狙っていたのが、現在の「清勝丸」の熱田清船長=写真左=。職漁から遊漁の道に入ったのは7年前。息子である純一若船長=同右=が、高校、専門学校を経て2年ほどの会社勤めの後、職漁の厳しさを見て親父船長を説得。

自らも遊漁船の船長として親子船を実現した。親子でも海の上ではライバルというだけあって釣りに対する思いはかなりのもの。親父はハナダイ、息子はヒラメをメーンに狙う。また、2船で同じ魚種を狙う時などは港を出ると右、左とまったく別のポイントを目指すというほどのこだわり。

最近は息子に負けることもあると語る親父船長だが、顔はどこかうれしそうで満足気な様子を見せる。操船専門の男性陣と広報担当の女性に予約担当の大女将と、家族総出で釣り人に奉仕。

大手の多い激戦区の中で自分の色を出していきたいと日々の努力も欠かさない。昨年、大型新造船を就航した。以前のように、荒れた時に小型船のため休船するということはなくなり、より釣り人に楽しんでもらえる万全の体勢は整った。

清勝丸
0479(67)3866

※週刊つりニュース関東版2003.01.10号より抜粋


2002年11月29日(金曜日)

外房 片貝港 源七丸

源七丸 松井克仁船長

コマセハナダイの元祖 片貝の発展に貢献

都心に一番近い外房といわれる片貝港。そこで釣り船「源七丸」を営むのが松井克仁船長(52)だ。網元の6代目に生まれたが、職漁の道には入らずに遊漁を始めたのは20年前。

ハイテク機器のない時代にはかなり苦労したが、ハナダイのポイントを探しあてコマセ釣りを開拓。現在、片貝のメーンの釣り物であるコマセハナダイの元祖でもある。片貝と言えば昔からイワシ漁で有名。

イワシ博物館があるほどで、網元の松井家はイワシで名を馳せた。3代目の時にはイワシの加工品を東京に運ぶために軽便鉄道「九十九里鉄道」を昭和初期に共同で設立。現在の片貝のバス停とJR東金駅を結ぶ鉄路が昭和36年に廃線になるまで人やイワシを運び、地域隆盛の基盤になった。

当時の、今でいう県の水産課から、その功績を称える立派な石碑が送られ敷地内に建立。片貝の発展への貢献度の高さを物語っている。遊漁専門の現在は、大型船2隻をフル活用。人数を制限して、ゆったりと釣りができるようにと、釣り人への貢献を目指している。

▼源七丸
0475(76)2002

※週刊つりニュース関東版2002.11.29号より抜粋


2002年11月1日(金曜日)

外房 天津浜荻港 荒井大栄丸

旬の魚のリレーがお勧め 人と接するのが好き

「いろいろな人と接するのが好きなだけに、この仕事は常に新鮮な気持ちになれますね」と話すのは、外房天津浜荻港・荒井大栄丸の荒井長二船長(68)。

遊漁船に転向して5年、今も昔も人と接してきたことを貴重な財産としている。14歳で漁師の道に入り、カツオやイカ、サバなどを求めて、南は和歌山県、北は北海道から北陸へも遠征。

1年の3分の1を旅に費やしていたという。旅先では訪れる港町を第2のふるさとと思って人と接し、その土地の民謡を覚え、得意の喉を披露することも。そんな荒井さんだけにお客さんとの会話を最も大切にする。

「毎回お客さんとたっぷり打ち合わせをしながら、希望に添うように心掛けています」釣り物に関しては「何でも屋」の荒井さん。小アジやキスからフグ、イカ、タイ、ヒラマサまで旬の魚をターゲットに、リレー釣りで狙うのを勧めている。

このぜい沢2本立て、お客さんとの打ち合わせ。これが荒井大栄丸の最大の持ち味。「1人のお客さんでも大歓迎ですよ」。沖での会話を楽しみたいという船長の心意気が自然と伝わってくる一言だ。

▼荒井大栄丸
0470(94)0529

※週刊つりニュース関東版2002.11.01号より抜粋


2002年10月18日(金曜日)

外房 大原港 春日丸

“ヒラメ・フグ”の兄弟船で鳴らす 釣らせるポイント熟知

古くから多くの釣り人たちが集まり賑わいを見せる大原港。そこで高校卒業と同時にこの道に入り、26年のキャリアを持つのが春日丸の3代目・中井新一船長(44)だ。

高級魚目白押しの大原沖を舞台に、1代目は職漁も兼ねたが、2代目からは釣り船専門で、ヒラメやフグ、ハナダイ、マダイ、イサキ、一時期ブームを起こしたマグロや青物、根魚まで対応する。大原港では数少ない2隻保有の船宿でもあり、兄弟船で鳴らす同宿では、現在兄の新一船長がヒラメ、弟の成明船長がフグを担当。

長年の経験で、釣らせるポイントはすべて熟知しており、さらに最初から遊漁船の船長になったことで、釣り人が何を求め、何を望むかといった心理も十分把握できるという。釣果のムラは、自然が相手ではよくあること。

しかし、全力を注いで、いかに釣り人に1日楽しく気分よく釣りをして満足してもらうかに余念がないとのこと。まだまだ若い3代目船長だが、20歳の息子・徹君がすでに4代目を目指して修業中。自慢の兄弟船は親子船へと発展して大海原へと航海を始めることだろう。

春日丸
0470(62)0606

※週刊つりニュース関東版2002.10.18号より抜粋


外房 飯岡港 末栄丸

「今後はカワハギに力入れたい」フグ釣りのパイオニア

外房飯岡港といえば、ヒラメ、ハナダイ、シロギスなど、多彩な魚種で1年中釣り人の絶えることのない一大遊漁基地だ。そんな飯岡沖で、ほぼ周年ショウサイフグを狙っているのが末栄丸の石毛義雄船(52)だ。

飯岡沖の釣り物の中では人気ナンバーワンの呼び声も高いフグ。末栄丸では13年も前から狙っており、飯岡では老舗中の老舗。当然、フグのポイントを熟知しており、まだまだ他船の追随を許さない腕のさえを見せてくれる。

フグは別格の船長も、職漁の道に入った当初は主にヒラメの漁をしていた。25年ほど前に遊漁の道に入った時にも、まずはヒラメ狙いから始めたとのこと。希望で狙うヒラメにも絶対の自信を持って釣り人に応えることができるという。

飯岡のフグ釣りのパイオニアでもある石毛船長は、アイナメが下火になってフグを始めたように、釣り物である魚の動きには極めて敏感な眼を持っている。

その年々の好不調や、ポイントの選択などにも常にアンテナを張り巡らせており、今後はカワハギに力を入れて新分野を開拓していきたいと意欲を見せている。

▼末栄丸
0479(63)0043

※週刊つりニュース関東版2002.10.18号より抜粋


2002年10月4日(金曜日)

外房 外川港 光佑丸

ヒラメとハナダイ人気 中学生のころから海の男

外房外川港は、古くから職漁の一大基地としても、また遊漁の分野でも40年以上の歴史を持ち、釣り人の姿が絶えることのない人気のある港。そんな外川港で、中学生のころから船に乗っていたのが光佑丸の石毛光年船長(48)だ。

最初はお兄さんと一緒にメヌケなどの漁に精を出し、陸にいては病気になるというほどの根っからの海の男。北洋ではサケを捕る船にも乗ったという。12年前に独立して現在の光佑丸を開業。職漁時代に培った豊富な経験と技量を生かし、現在はヒラメ、ハナダイを釣らせる毎日を送っている。

外川沖はヒラメがとくに盛ん。4、5月の禁漁期間のみヤリイカなどを狙っているが、イカ以外はヒラメとハナダイを専門に出船する。夏のヒラメは数が出るので人気は抜群。ハナダイもコマセを使わずエビエサで狙うため、手の汚れや臭さもなく数が釣れ、どちらも人気が高い。

「遊びにくる以上お客さんには楽しんで帰ってもらいたい」と話す船長は釣らせる技術を駆使して釣り味を満たしてくれ、アットホームな雰囲気で心のリフレッシュを図ってくれる。

光佑丸
0479(25)4456

※週刊つりニュース関東版2002.10.04号より抜粋


2002年9月13日(金曜日)

外房 片貝 九十九里海釣りセンター

オーナー 近藤正義さん

本格的な海の釣り堀!! ワラサやカンパチ大物を大量放流

外房片貝にある「九十九里海釣りセンター」は、気軽に海の大物とファイトが楽しめる評判の海の釣り堀。そこのオーナーが近藤正義さんだ。以前は、名古屋でフランス料理店といけす料理店を経営。

その後、魚の卸しをするかたわらパブや芸能関係にも手を染めたという。そして、「中京圏で盛んになった海上釣り堀をスタート。実績を上げて東京圏にも」と、関東初の本格的な海の釣り堀をオープンさせた。

オーナー自身、半端ではない釣り好き。事務所に入ると超大型リールがゴロゴロしているのを見れば分かるとおり、赤道直下まで魚を求めて釣行する大物釣り師で、沖縄の島々はすべて行っているというほどの本格派。

50号以下のイトは持ってなかったというくらいで、今までにGT、イソマグロを磯から釣っているという。船ではもっと大物を釣っているが、陸からでなければ価値はないと言う。

大物に魅せられたオーナーは少しでも大物の片鱗をと、カンパチやワラサを大量に入れて釣り人に楽しんでもらいたいと、指導に余念のない日々を送っている。

九十九里海釣りセンター
0479(76)8678

※週刊つりニュース関東版2002.09.13号より抜粋


2002年8月2日(金曜日)

外房 勝浦豊浜港 中島丸

だれでも釣れる船 研究心旺盛な船長

外房勝浦豊浜港で遊漁船・中島丸と味な宿・漁夫里を営む中島治海船長は、中学卒業と同時に家業の職漁の道に入った。そしてイカやブリをとり、さらに海士の仕事も覚えなくてはと、9月まではアワビの潜り漁も経験。

ニ日酔いの時などはカジメにぶら下がっていると気持ちがよかったという。26歳の時に父親が他界。その2年後に釣り船を開業。最初はアラや根魚などを狙い、次第に力モシ釣り主体に移行。33キロヒラマサを上げた大物記録を持っているほどの腕前の船長だ。

しかし、こだわりの釣りを求めていた船長も、最近は「だれでも釣れる物」を狙う方向に軌道を修正。カモシ釣りがより簡単にできる特製ビシを考案したり、ハナダイのポイントを開拓して、まだだれもやっていない新しい釣り物で新規の客層の拡大を図るなど研究心と向上心は年とともに旺盛になってきたようだ。

インターネットの隆盛に対応するため、自分で毎日ホームページの更新ができるまでに上達。時代の流れにも敏速に対応する柔軟性で「だれでも釣れる船」は今日も出船する。

中島丸
0470(73)5741

※週刊つりニュース関東版2002.08.02号より抜粋


2002年7月12日(金曜日)

外房 飯岡港 太洋丸

太洋丸 松浦保彦船長

シリヤケイカの先駆者 二人三脚で評判

外房飯岡と言えば、以前は東京から遠いイメージだったが、道路網の充実でぐっと近くなり、魚種多彩な海は絶え間なく釣り人を呼んでいる。そんな飯岡港で釣り船「太洋丸」を営むのが松浦保彦船長(45)だ。

21歳の時から職漁の道に入り、ヒラメやイシダイを獲っていたという。同時に兼業で釣り船も営み様々な魚を釣らせていた。一見強面のその外観とは違っておとなしく、面倒見もすこぶるいい。最後まで釣らせようという気持ちが常に前面に出ているようだ。

飯岡沖で釣れる魚すべてに対応できるが、特にシリヤケイカに関しては先駆者と言ってよく、毎年シーズンになると同港の船宿はもちろん、茨城方面の船宿も動向に注目しているという。今年は群れの回遊がなく、本領発揮には至らず「少し淋しかった」と言うが、豊富な魚種が感傷に浸るひまも与えない。

次から次へと対象魚が変わり、現在はメバルやシロギスを攻めている。おとなしすぎるぐらいの船長に代わって、下船後に暖かく迎えてくれるのが女将さんの文子さん。「人を裏切らない正直な人」と評判で、船の上では船長、陸に上がれば文子さんと二人三脚で評判の釣り宿だ。

▼太洋丸
0479(57)3762

※週刊つりニュース関東版2002.07.12号より抜粋


2002年7月5日(金曜日)

外房 片貝港 第2二三丸

第2二三丸 廣田鷹一船長

“釣りは純粋に夢がある” 趣味が高じて船長に

都心に1番近い外房といわれる片貝。その1大遊漁船基地・片貝港で2年前から釣り船第2二三丸を営むのが廣田鷹一船長(59)だ。

根っからの釣り好きで、6年前に家族に釣りに行くといったまま帰らず、気が付いたら船長になっていたという。実際は、船長は仮の姿、設備関係の会社を経営する社長である。「リストラで社長をクビになり出稼ぎで船長をしている」と笑う。

会社に机はなく、冠婚葬祭の時だけ出向く。しかし、新鮮でうまい魚だけはいつでも送ることができて役に立っていると語る。趣味が高じて船長になっただけに、釣りのキャリアは相当なもの。

仕事の関係から、いろいろな業界の知人が多く、芸能界や野球界の人も時折釣りに来るという。人生経験豊富で、人の上に立つ人なだけに言葉に重みがあり、船長の人柄にほれて通う釣り人もいるようだ。

お客さんが釣れないと自分のことのように滅入ってしまうという船長は、「釣りは純粋に夢があり、子どもも大人も一緒に楽しめるところがゴルフや麻雀とは違う。それゆえ釣りが一番」という魚釣り大好き人間である。

第2二三丸
0475(70)4606

※週刊つりニュース関東版2002.07.05号より抜粋


2002年6月14日(金曜日)

外房 片貝港 喜美丸

喜美丸 小栗山勝彦船長

メーンはハナダイ、ヒラメも自信満々 親子2代で釣り人の心つかむ

都心に近い外房の遊漁基地・片貝港。そこで遊漁船「喜美丸」を営むのが小栗山勝彦船長だ。職漁から始めて翌年、まき網漁で主にヒラメを捕っていたので、大原〜外川沖にかけてのヒラメのポイントは特にくわしい。

14年前から遊漁の道に入り、現在はハナダイをメーン、季節によりイサキやアカイカ、青物とのリレーにも対応。解禁後に少しだけ行うヒラメも過去の実績から釣らせる自信は満々だ。7年前には現在の大型船を就航させ、より楽しい釣りができるように心掛けている。

常連さんの一致した船長の印象は、「人当たりがよく気持ちのいい人。漁師気質で気の荒い船長が多い中、この船長ほどおとなしくソフトな人は珍しい。しかし、その中にも釣らせてあげたいという気概がピリピリと感じとれる。

また、2代目船長を目指し助手として修行中の息子の健一君も船長同様に面倒見がよく、人当たりのよさで人気者だ。親子2代の人当たりのよさは、釣り人の心をつかみ、釣り本来の楽しさや価値観をより引き出してくれる。

喜美丸
0475(76)2673

※週刊つりニュース関東版2002.06.14号より抜粋


2002年5月31日(金曜日)

外房 片貝港 直栄丸

直栄丸 山本義雄船長

最強の仲乗さんも指導 好ポイントを熟知

外房片貝港は都心から1番近い外房と言われるように、高速道路を利用すれば、車でゆっくり走っても1時間半弱という至近の好釣り場だ。その片貝港で直栄丸を営むのが山本義雄船長(47)。

職漁から入って翌年、延縄や刺し網を主にナガラミやハマグリ漁を経て15年前から釣り船を始めたが、職漁時代から九十九里沖の好ポイントはすべて熟知。旺盛な研究心は新たな釣り場開発にも余念がなく、GPSのような機械だけに頼ることなく、釣らせる術にもたけている。

また、親切指導がモットーの同船には「九十九里一の仲乗り」といわれるかずちゃんが同乗。初心者にはイチからではなくゼロから指導。まったくの初めてでも下船時には自分のクーラーに自分の釣った魚が入っているまでの腕前にしてくれるという。

船長、仲乗りのかずちゃんともに、見た目は豪快だが、コマセを最高の状態で使えるように前日に洗ったり、コマセの補給も絶妙のタイミングでしてくれるなど神経細やかに釣らせることに専念。アットホームな雰囲気作りに努めて釣りの楽しさ、面白さを多くの人に知ってもらいたいと願っている。

直栄丸
0475(76)6823

※週刊つりニュース関東版2002.05.31号より抜粋


2002年4月19日(金曜日)

外房 飯岡 第1進丸

第1進丸 伊藤隆徳船長

昨年から船長にヒラメに自信 女将さん手作りの昼食も評判

四季折々の多彩な魚種が釣れることで人気の外房飯岡。そんな飯岡港で、昨年6月に船長デビューしたのが第1進丸の伊藤隆徳船長だ。18年間勤めた大手電器メーカーでのサラリーマン生活をやめ、この道に入ったばかりで船長歴はまだ短い。

しかし、自身は釣り人としてかなりのキャリアがあり、釣り人の立場に立ったきめ細やかな配慮を心掛けているという。前職では修理部門に在籍。そこで完成品のマイナス部を直しても元以上にはならず創造性に欠けるものだった。

だが、今は「いかにして釣果を上げるか、日々研鑽の無限の可能性がある。結果が出ない時に胃の痛みがあっても、好結果が出た時の釣り人の笑顔を見る喜びが大きい」と語る。笑顔が自慢の船長だが、もう1つの自慢は女将さん手造りの美味しい昼食。

料理屋を始めてもいいほどの腕前を持つ女将さんが真心こめて作る昼食を楽しみにしている釣り人も多い。ヒラメに絶対の自信をもつ船長。6月の解禁となれば、満を持して飯岡沖の海を所狭しと駆け回り、釣り人の満足した笑顔を生み出してくれるだろう。

第1進丸
0479(57)6668

※週刊つりニュース関東版2002.04.19号より抜粋


2002年3月29日(金曜日)

外房 大原 晃進丸

晃進丸 渡辺頼輔船長

海一筋たたき上げ 2代目息子船長もサービス精神旺盛

外房大原港は、1000隻近くの職漁と遊漁、それに兼業の三形態の船宿がひしめき合う日本有数の大漁業基地だ。その中にあって、八年ほど前から兼業で釣り船を始めたのが晃進丸の渡辺頼輔船長(64)。

大原で生まれ育ち、職漁の道に入り何年やっているか分からないというほどのキャリアを持つ、海一筋、叩き上げの大ベテランだ。四季折々の豊富な釣り物が目白押しで人気のある大原沖だが、長年の経験だけでなく、日々進歩するハイテク機器にも対応する柔軟性も活かし、ヒラメ、フグ、イサキ、マダイと何でもござれ。

先ごろ港全体が沸いたマグロもしっかりと仕留め、釣り人に喜ばれた。また、二代目船長を目指す息子の頼広さんは、女将さんより漁師歴が浅く、一番の新米といわれているが、サービス精神は旺盛で初心者の指導にも親切ていねい。

いつでも明るい女将さんと船長は、家族的な親しみやすい船宿を目指して、日々出船している。また、一見頑固そうな船長だが、その実体は孫の康介ちやんの前ではデレデレに変貌する、優しい「おじいちゃん」である。

▼晃進丸
0470(62)2479

※週刊つりニュース関東版2002.03.29号より抜粋


2002年3月22日(金曜日)

外房 飯岡 潮丸

潮丸 潮田充船長

ハナダイ一筋 別船は季節の釣魚 「助手は妻」がウリ

外房飯岡沖のコマセハナダイといえば、年間を通して狙われる人気ターゲットだ。昭和六十年の釣り船開業以来、初めからハナダイー筋を貫いてきたのが潮丸の潮田充船長(62)。

一年中ハナダイオンリーという、まさしくコマセハナダイ釣りのパイオニアでもある。海洋汚染が騒がれている昨今、早くからコマセカゴを小さめに統一、無駄に徹かなくても十分に釣れ、いたずらに海を汚さないように撤底しているという。

また、安全第一をうたう船長の自慢は二隻保有している大型船。エンジンは二基二軸。水平安定性と復元力の確保は抜群で、多少の風波にも動じることなく、安心して釣りが楽しめる。長年の経験から飯岡沖のポイントは知り尽くしており、不調の日でも次から次へと探って帳尻を合わせていくという。

「助手は妻」がウリの潮丸では、別船は息子さん夫婦が担当してヒラメやアイナメなど季節の釣魚を狙っており、ハナダイ一筋の親父船と四季の釣りに対応の息子船は、釣り人の熱い信頼の絆で結ばれた親子船だ。

潮丸
0479(63)1508

※週刊つりニュース関東版2002.03.22号より抜粋


2002年3月8日(金曜日)

外房 大原 和丸

経験+最新機器で完璧 長年の経験を事細かに記録

外房屈指の遊漁船基地大原港。その大原港で学校卒業と同時に職漁船に乗り、昭和四十年から釣り船を始めて今年で三十六年目を迎えるのが、老舗船宿「和丸」の山口一船長(63)。

船釣りをした人なら一度は目にしたであろう海の地図を見れば、大原沖には実にたくさんの複雑な根があるかが一目瞭然。その複雑な根はマダイ、ヒラメ、イサキ、ハナダイ、カサゴなどの宝庫で、さらにヒラマサやカンパチ、ヤリイカなど多彩な贈り物を釣り人たちに届けてくれる。

釣り人に釣らせることに一生懸命という無口な山口船長は、長年の経験をこと細かに記録。大学ノート数冊分もの詳細なデータがファイルされている。「ヒラメでもイサキでも何でもござれ」という言葉は、根を知り尽くした船長の長年の経験に裏付けされた自信の表れだ。

そして経験だけに頼らずに、ロランやプロッター、ナビゲーションシステムなどの最新ハイテク機器も導入。より完壁な条件作りにも努めている。経験プラス精密機器の活用で、楽しい釣行は約束されたようなもの。頑固な面もあるが、柔軟性もある、“釣らせる”船長に任せてみてはどうだろうか。

▼和丸
0470(62)2262

※週刊つりニュース関東版2002.03.08号より抜粋


2002年3月1日(金曜日)

外房 小湊 孝雄丸

孝雄丸 西宮孝雄船長

人との交流大切に 幅広い釣魚に対応

遊漁船転業約七年になる外房小湊港・孝雄丸の西宮孝雄船長(60)は、人との交流を大切に「毎日が勉強です」と穏やかに話す。転業前は大型船でサンマ、サバ漁からサケ、マスの遠洋漁業まで従事していた。

オホーツク海では、海がシケると港に戻ることができず、前線が通過するまで船を支え続けるような厳しい経験を重ねた。それでも「遊漁よりは気楽でしたね」と振り返る。どちらにしても自然界と向き合うことは同じだが、「職漁船は今日捕れなくても明日があるんですよ。

遊漁の場合は、今日のお客さんと明日のお客さんが違うから絶対に諦めることはできません」と力強く語る。さらに「楽しい反面、命を預かっている気苦労もありますから」とも。

外房小湊周辺には黒潮本流が差すことでカモシ釣りのマダイ、ヒラマサなどの大物からイサキ、アジ、イカ、根魚にいたるまで釣り物に恵まれている。西宮船長は比較的遅く遊漁に転向したことから、看板にする釣り物を追うというよりはお客の希望に応えられるように、「どんな釣りにも対応したい」と日々努力している。

一人一人のお客との出会い、交流を大切にしたいと願う西宮船長。「お客さんが一人でも出船させてもらいますよ」と最後まで熱く語ってくれた。

孝雄丸
0470(95)2159

※週刊つりニュース関東版2002.03.01号より抜粋


2002年2月1日(金曜日)

外房 大原 孝栄丸

フグ釣りに自信あり 人並み外れた集中力

外房大原港といえば、千葉県では最大級の遊漁船基地。大原沖には複雑な根が点在し、四季折々の様々な魚が狙えることで有名だ。そんな大原の海に、高校卒業後すぐに乗り出したのが孝栄丸の山口隆船長(33)。

この時期のメーンの釣り物は、なんといってもショウサイフグとヒラメ。大原港では二十年ほど前からショウサイフグ釣りが始まり、食味のよさと独特の釣趣から年々人気が高まり、五〜六年前からは冬の一番人気ターゲットといってもいいほどになった。

孝栄丸は十〜四月までフグ専門で出船。「フグを釣らせたらだれにも負けない」と自信をのぞかせる山口船長は、「トップの人だけがたくさん釣るのではなく、船中まんべんなくいい釣果が上がるように常に心掛けている」という。

トップが制限尾数の80尾でも、スソが20尾ではあまりにも差があるので、スソでも50〜60尾はいくようにと流し方には人一倍気をつかうそうだ。今年はヒラメ、フグともに好調。

船長も釣り客も満足する日が多いが、昨年は近年にない不調で、フグを探して一日中走りっぱなしの時もあったという。釣らせる自信が妥協を許さず、人並み外れた集中力を生み出す“熱血”船長なのである。

▼孝栄丸
0470(62)1803

※週刊つりニュース関東版2002.02.01号より抜粋


2002年1月18日(金曜日)

外房 小湊 大栄丸

ヤリイカに力そそぐ 自らポイント開拓 外房小湊は港前に

水深600メートルにもおよぶ海溝が走る。毎年1〜3月にかけてこのへりに大型のヤリイカが産卵のために集結するので、ヤリイカ釣りの絶好の穴場となっている。この小湊港で35年前に最初に乗合船を開始したのが大栄丸・大和田彰船長(52)。

目の前に“鯛の浦”があるほどマダイの魚影が濃く、そのイメージが強い小湊地区だが、大栄丸ではこのヤリイ力狙いに力を入れている。ヤリイカのポイントは「8ノット(ゆっくり)で進んでも15分」と船長が自信マンマンに語るほどの近場。

地元の漁師が掛けるヒラメ網には大型ヤリイカの軟甲が大量に入ることからも“ヤリイカの墓場”と呼ぶ人もいるそうだ。そして、この時期は北東の季節風が強く吹く日が多いが、北側の山々がこれを遮り意外にもナギの日が多いのも特長だ。

「自力でポイントを探す」ことをモットーとしている大和田船長の考えは、「お客は釣る人で私は案内をする人」。だからこそ、「私はいっぱい根を知って、いろいろな所へ案内してあげなければならない」というもの。

そしてタチウオ、フグ、アマダイと新規釣り物への意欲も高い。その理由を聞くと、「根を探すのが好きだから」と明るく高い声で語り笑顔を見せた。

大栄丸
0470(95)3854

※週刊つりニュース関東版2002.01.18号より抜粋


2001年12月14日(金曜日)

外房 大原 福栄丸

福栄丸 玉田福夫船長

ヒラメと相性抜群 チャンス平等の横流しを開拓

外房地区最大の遊漁基地である大原港。ここで三十二年の職漁生活後、三年前に遊漁に転じたのが福栄丸を営む玉田福夫船長。その船長が職漁時代に最も追いかけたというのがヒラメ。

ヒラメとの長い付き合いから、トモやミヨシが有利となるポイント釣りではない横流しを開拓した。

大人数でもチャンスが平等でオマツリも少なく、岩礁、砂場、石場と複雑な海底の続く好ポイントが広範囲に点在するこの地では横流しの威カは絶大。難しいと言われるヒラメ釣りが初心者にも手軽に入門できる釣り方でもある。

そんな釣法を考えたのは、実は船長自身大の釣り好きが高じてのもの。翌日使うエサのアジを釣りに行って、そのままマグロを狙いに行ったりするなど、お客より夢中で釣りに興じるなどは当たり前。

何を釣らしても人並み外れた名手ゆえ、禁止されている釣り以外は何でも「客のいいなり」となって応じるという。

暇さえあればさまざまな魚種の釣り方を研究、実践している船長の釣り理論と技は一見の価値がある。いつも気さくな笑顔で「魚釣り大好き」と公言する船長だけに説得力は抜群だ。

▼福栄丸
0470(62)4836

※2001.12.14掲載


2001年11月9日(金曜日)

外房 大原 富久丸

釣り物メーンはヒラメ 親切がモットー

干葉県外房の大原港は、外房でも有数の漁業基地として知られ、遊漁船の多さでも全国屈指の規模を誇っている。そんな大原港で二十五年の職漁生活ののち、四年前から遊漁の道に入ったのが富久丸の滝口義和船長(44)だ。

職漁時代は、大原漁協青年部の部長として活躍。伊勢エビとサザエの資源管理の研究を行い、東京水産大学で毎年開かれる漁業関係の研究発表全国大会に千葉県代表として出場した経歴を持つ。

長年、大原沖の豊じょうな海でハエ縄漁でヒラメやマダイさらに伊勢エビを獲り続ける。

職漁時代に培われた自信の表れか、「得意の釣りは?」の質問には即座に「ヒラメ」の言葉が返ってくるほどだ。「釣り船はお客様をいかに楽しませるか、釣らせるかが肝心」とサービス業に撤し、親切をモットーにして日々接しているという。

見ての通りの温厚な人柄は自然と親しみがわき、船上での雰囲気が和やかであろうことを十分に想像させてくれる。 

▼富久丸
0120(78)7885

※2001.11.09掲載


2001年10月19日(金曜日)

外房 外川港 新昇丸

新昇丸 山口義雄船長

釣り人の笑顔が大好き いかに釣らせるか算段

外房外川港と言えば、古くから職漁の一大基地としても有名で、遊漁の分野でも四十年以上の歴史を持つパイオニア的な港である。そんな全盛を極めた外川港で、高校卒業と同時に職漁の世界に身を投じたのち、平成八年から遊漁船に転じたのが新昇丸の山口義雄船長(51)。

職漁時代は巻き網でイワシやサバを獲っていたが、遊漁ではヒラメ、ハナダイがメーンとなり、そのために日々ポイントを探り、根を覚え、いかに釣らせるか算段を怠らなかった。

外川沖には大根などのヒラメの好ポイントが多く点在し、超大型が出る可能性も高い。大物になればなるほど釣り上げるのは難しくなるが、難しいから面白いと言われるように、釣り人が魚を釣り上げた時、本人は意識していないであろうとびきりの笑顔を見るのがうれしいと、船長自身もとびきりの笑顔を見せて話してくれる。

釣り船はサービス業と自覚しており、一日楽しんで明日の鋭気を養ってもらうのが一番。そのために親切をモットーに明るい船宿を目指している。このことは、電話で応対する奥さん・美佐子さんの、“笑顔たっぷり”を想像させる明るい声が証明している。

▼新昇丸
0479(24)7255

※2001.10.19掲載


2001年9月28日(金曜日)

外房 小湊港 秀吉丸

マダイの研究深める 思いやり大切に10周年

「穴場の船宿として頑張り続けたいね」と穏やかな口調で語るのは外房小湊港から乗合で出船している秀吉丸の唐鎌宏文船長(62)。

16歳で漁師デビュー。大型漁船で北海道のサンマ、銭洲の夜サバ漁に従事。この時期に約10年も20人の仲間と共同作業で漁を行う。

「今思えば、あの経験がよかった」と懐かしそうに当時を振り返る。この重労働の共同作業で他人を思いやる気持ちがめばえ、協調性が養われたという。

やがて、釣り船という客商売にもこの経験が大いに生かされた。「『釣りたい』と願う釣り人の気持ちは痛いほど分かるからね」と精いっぱいの対応を心掛ける。

やがて、この“思いやりの精神”がお客にも喜ばれ、リピーター率の高い、まさに“穴場船宿”となった。

釣り船は平成4年に開業。今年で区切りとなる10周年を迎えた。開業当時は慣れない電話の応対にとまどいを感じることも多く、「不安がいっぱいだった」と打ち明ける。

しかし、イサキの盛期に、小さな船でバリバリ釣り上げる姿を沖で見かけたという客が訪れたりと、お客は順調に増加。最近も、「こんなにいい船宿があったのか」と喜ばれたばかりだ。

また、「今後はマダイ釣りの研究を深めたい」と勉強家の一面ものぞかせていた。

▼秀吉丸
0470(95)2654

※2001.09.28掲載


2001年9月21日(金曜日)

外房 太東港 海鷹丸

海鷹丸 御園生一夫船長

モットーは親切第一 ヒラメの習性を熟知

外房太東港・海鷹丸の御園生一夫船長(61)のモットーは「親切第一」。早いうちから母親の生家で職漁の道に入り、途中わけあって5年ほどのサラリーマン生活の後、昭和52年に兼業で独立して現在に至る。

開業当初は釣らせたい一心で、気づいたらイサキを求めて行川沖まで来ていたこともあったというほどの熱心さ。現在は、長年の職漁で培った並々ならぬ知識を活かし、釣らせる自信は満々。

そして自分が釣り人の立場に立って考え、「親切第一」にこだわっているという。職漁師時代、太東港の青年部の副部長を務めていた時のこと。イシダイ稚魚の標識放流を行い、共同で作成した研究論文を東京水産大学で発売。これが引き金となり、千倉の水産試験所の協力のもと、ヒラメの稚魚放流にもかかわった。

今でこそ一般的になった“育てて獲る”栽培漁業に30年近く前から携わっていたのだ。ヒラメの習性を知り、増やすことに全力を注いだ情熱は現在釣り人に向けられ、難しいヒラメをいかに釣らせるか日々勉強しているという。

仲乗りを務める弟の啓一さんと二人三脚の兄弟船は、釣り人の心をしっかりとつかんでいる。

▼海鷹丸
0470(87)2756

※2001.09.21掲載


2001年8月17日(金曜日)

外房 鴨川港 昇栄丸

昇栄丸 栗原勲船長

トローリングで夢心地 巨大カジキ追う

外房鴨川港の栗原勲船長(56)が操船する昇栄丸は、関東では珍しくトローリングでカジキを狙う船宿だ。以前から“引っ張り”は行っていたが、昨年8月にお客さんから勧められて本格的に出船開始となった。

「カジキ」と聞くと、夢のまた夢のように思えてならないが、「ヒットする率は房総半鳥の磯でイシダイを釣るより高いんじゃないかな」と栗原船長は自信を持って語る。

データはまだ少ないものの、10回出船すればアタる確率は半分以上だとか。昨年の最大は140キロのクロカワカジキ。

冬場からはマカジキ中心の釣果となっていたが、水温が上昇してきていよいよクロカワの季節到来。7月22日には船宿レコード更新となる150キロが仕留められている。

ターゲットがカジキだけに釣れない日の方が多いのも現実。トローリングとしては破格な低料金に設定したのには、お客さんがより数多くチャレンジできるようにと船長が考えだからだ。

釣り人と心をひとつにして巨大魚と渡り合うトローリング。カジキが船上に横たわった瞬間は船内全員が興奮し、夢心地になるそうだ。

「将来の夢は?」との問いに「今が楽しくてしょうがないね。もうこの釣りをやめられない!」と満面の笑みがこぼれた。

▼昇栄丸
0470(92)5960

※2001.08.17掲載時


2001年8月3日(金曜日)

外房 片貝 正一丸

正一丸 海老原正船長

兄は深場、弟は10月からヒラメ こだわりを見せる兄弟船

外房九十九里片貝港で釣り船を開業して6年ほどになる正一丸は、昨年二隻目の船を建造。第一正一丸は兄の海老原正船長(42)が操船、第三正一丸は弟の三利船長(38)が操船する。

ともに大型の兄弟船である。片貝というとハナダイのイメージが強いが、沖合の航程1時間20分ほどに位置する片貝海溝は、知る人ぞ知る深場釣りのビッグポイント。

今の時期はキンメやスルメイカ、そして冬場は大型のアコウが狙える。片貝港にある20軒ほどの船宿で年間を通して深場を狙うのは正一丸だけ。正船長の独壇場でもある。

「私のことより弟を出してあげて」と表立って出たがらない、温厚な物腰は深場釣りへのこだわりと自信の現れのようだ。長年の職漁で片貝沖のポイントも釣り物も熟知している兄に啓発されるかのように、弟の三利船長も兄同様にこだわりを見せる。

年間を通じてハナダイを狙う船宿が多い中で、10月からはヒラメに専念。シーズン中、ヒラメ専門は片貝では3軒ほどしかなく、まさに兄弟揃ってのこだわり。深場から浅場のイサキまで、片貝近辺の釣り物すべてに対応する正一丸は、釣り人にとって実に頼もしい兄弟船だ。

▼正一丸
0475(76)6024

※2001.08.03掲載


2001年7月27日(金曜日)

外房 大原 勝晃丸

勝晃丸 岡村哲生さん

アカイカ大評判 “絶対あきらめない”がモットー

外房大原沖には数多くの根が点在している。そのため四季折々に多彩な魚種が狙え太公望を熱くさせる、そんな釣りの最前線だ。数多くの職漁船、遊漁船を抱え、外房でも有数の漁港である大原港。

その中にあって釣り船「勝晃丸」を営む岡村哲生さん(38)は、若いがすでにこの道20年というベテランだ。

初夏のメーンターゲットはイサキとアカイカで、ことアカイカに関しては他の追従を許さないほどの腕と評判だ。これに対して本人は「それじゃ、他の釣り物はだめみたいに思われちゃうねぇ」と笑う。

この笑顔の裏からは、大原沖のすべての釣りが得意という自信のほどが隠されているように思える。岡村船長のモットーは“最後まで絶対にあきらめない”ことで、「イサキなども納竿前20分に入れ食いになり20尾釣れることだってある。

水温が下がったからとか、潮が動かなかったから釣れなかったというような言い訳はしたくない。必ずどこかで食うはずと必死に探りまくり、お客さんが納得するまでやる」という。

この思いがアカイカの時などに発揮され、人一倍にかっ飛んで走り回ることになるらしく、それが好釣果にもつながっているようだ。

大原沖の高級魚を釣りたいと思う釣り人の気持ちを超える、熱いハートを持った船長がここにいる。

勝晃丸
0470(62)2018

※2001.07.27掲載


2001年5月4日(金曜日)

外房 大原 新幸丸

新幸丸 山口新一船長

伝統のビシマ釣り継承 ネアカ船長が看板

千葉県外房大原の伝統釣法ビシマ釣り。関東では内房や鴨居のシャクリ釣りと並んで今だに根強い人気を誇っている。そんなビシマ釣りにこだわりを持つのが新幸丸の山口新一船長(37)。

高校卒業と同時に船に乗って19年。現在も漁と乗合をこなし、あくなき探究心でいかにお客さんに喜んでもらえるかと努力に余念がないという。

ビシマ釣りにこだわりはあるものの、大きいのを釣らせたいという一心から、釣り方はお客さん次第で、シャクリでも胴突きでもそれはそれでいいという考えだ。

1月3日生まれの船長は自分でも「正月生まれはバカでおめでたい」というほどの根っからのネアカ人間。港でお出迎えの常連さんの娘さんに、親より先にマイクで「ナミちゃーん、ただいま、今帰ったよー」というくらいの明るいキャラクター。

お客さんを喜ばせ、自分も楽しく仕事をすると、自然に明るく、ひょうきんになり笑顔が出てくるようだ。伝統釣法を継承しようという反面、若手の船長は時代の流れに敏感に反応。最近では午後はルアーでの出船が多いという。

無数の根が点在する豊鐃の海・大原沖は青物も豊富。古きよさと、新しさの折衷で未来は明るいだろう。

新幸丸
0470(62)1500

※2001.05.04掲載


2001年4月13日(金曜日)

外房 勝浦豊浜港 弘良丸

弘良丸 斉藤一弘船長

30年以上イカ漁従事 魅力いっぱいの船宿目指す

ヤリイカファンで賑わう外房・勝浦豊浜港。この港で15歳から船に乗り、イカ漁に従事してきたのが弘良丸を操船する斉藤一弘船長(49)。

地元はもちろん、伊豆諸島〜岩手県大船渡沖まで魚群を追いかけて操業した豊富な経験と凄腕を併せ持つベテラン船長だ。昔はイカを釣るのも手釣りだったので、「イカは指が割れるほど釣ったよ(笑)」と赤黒く焼けた顔から白い歯をのぞかせる。

そんな斉藤船長が釣り船を開業し2年が経過。自分で「釣る」ことと「釣らせる」ことの違いに苦心し、「お客さんにどうしたら喜んでもらえるか」と思い悩んだ。

また、長年の漁師根性で舵を握ると「イカのいる所に仕掛けを落とそう」と必死に。魚を釣ることに加え、船上で少しでも楽しく遊んで欲しいと、乗船人数は思い切って8人に限定。

ビギナーにはオマツリしない投入など、実戦的な動作を実際に見せたり、「これは」と思えるものは積極的に取り入れた。斉藤船長の強い向上心には驚かされるが、将来の夢を聞いて納得。

「『今は船宿を継ぐ気がない』と言っている息子の気持ちをガラリと変え、『継ぎたい!』と言わせるぐらい魅力いっぱいの船宿にしたい」。そう語る斉藤船長の決意は固い。

弘良丸
0470(73)5016

※2001.04.13掲載


2001年3月23日(金曜日)

外房 銚子犬若 第2鈴吉丸

第2鈴吉丸 鈴木守雄さん

「頼もしい頑固オヤジ 8人限定に固執」

「船長」と書いて「オヤジ」と読む。鈴吉丸の船長ではなく鈴吉のオヤジさん。そんな表現がピタリと当てはまるのが銚子犬若で第2鈴吉丸を操る鈴木守雄さん(57)。

数ある釣り物の中で得意とするのはヒラメ釣り。「職漁時代も含めてヒラメとは長い付き合いだよ」と笑う。第2鈴吉丸では8人限定だが、たとえ1人でも出船OK。

というより、8人揃うと自分がサオを出せなくなるので、人数が少なくてもいいそうだ。「たとえお客さん1人で出ても、燃料代くらいは自分で釣っちゃうよ」と自信たっぷり。

そんな船長だが、一番の悩みは予約受付時にある。たとえば、ある日に6人の客が入っていたところ、あとから3人組の申し込みがあったとする。計9人となり限定8人を超過する場合だ。

8人が9人となったところで、極端に釣りにくくなることもないと思うのだが、8人限定の看板が偽りになってしまう。「それでは男の道が立たぬ」と、結局、後の3人を断ってしまうそうだ。

潮風で鍛えた太い声、頼もしげな背中、そしてこの融通のきかない頑固な姿勢…。銚子犬若にオヤジらしいオヤジを見つけた。

▼第2鈴古丸
0479(22)5161

※2001.03.23掲載


2001年3月9日(金曜日)

外房 太海港 勝栄丸

勝栄丸 戸沢勝太郎船長

ヒラメが看板 豊富な経験で勝負

「新しい釣り場を発見した時は最高の気分になれるね」と語るのは、外房太海港で「勝栄丸」を営む戸沢勝太郎船長(65)。

18歳の時から漁に携わり、巻き網、刺し網から一本釣り、引っぱりと経験豊かな船長は、遊漁船歴も20年を数える大ベテラン。

釣り物はコマセ釣りのイサキ、アジやヒラメ、イカ、深場のアコウなど多彩。そんな数ある釣り物の中で、船長が一番好きと答えるのはヒラメ。一見すると恐そうに見える船長だが、それは黙っている時だけ。

船宿の看板であるヒラメの話になると熱く語り始め、しかもその間は終始笑顔。海底が見えるほどの浅い釣り場での楽しさや、ハタが多い岩礁帯での釣り方、タナ取りからパンダの話まで興味深い話が続く。

“パンダ”とは放流もののヒラメのこと。裏側にパンダみたいな模様があることからそう呼ばれているそうだ。このパンダが多い所は天然物も含めヒラメが凄みやすく、魚が集まる好ポイントと分析している。

近年、目覚ましく船の機能が進化。「今の若い船長たちは機械を扱うのが上手だね。研究熱心な人が多くて凄いよ」と、船長は後輩たちへ敬意を払う。一瞬の間を置いて「ならば経験と流し方、そしてカンで勝負しようかな」。そう語り終えると優しい目が一瞬キラリと輝いた。

▼勝栄丸
0470(92)2400

※2001.03.09掲載


2001年1月26日(金曜日)

外房 飯岡港 長五郎丸

長五郎丸 鈴木淳夫船長

釣りキチの血受け継ぐ 釣果報告クレームなし

外房飯岡港の長五郎丸は、32年前に先代の故鈴木義雄さんが脱サラ開業。趣味が高じて道楽となり、さらに度が過ぎて職業となったそうだ。

時が流れ二代目淳夫船長(42)の代となったが二代目も先代の血を引く“超”が付く釣りキチ。物心ついたころからサオを握り、へラに始まり、投げ、磯を経て船釣りへ。

この間、買いあさった釣り道具は数知れず。「だからうちは貧しいの」と陽気に語るのは教子夫人。淳夫船長のような道楽人には、教子夫人のような理解のあるしっかり者が結び付くのは世の常か。

釣りバカ日誌のハマちゃんもしかりだ。一男一女に恵まれただが、小学校五年と二年の息子さんも釣りキチの血をしっかり受け継いだ。

「家で教料書を開いているところは見たことがないが、釣りの本は毎日見ている」と夫婦で目を細める。

釣果は偽らず正確に報告し、クレームが入ったことが一度もないのが長五郎丸の自慢。一人の釣り人としての視点で舵を握る船長らしいエピソードだが、そんな伝統も次代に続きそうだ。

▼長五郎丸
0479(57)2189

※2001.1.26掲載


2000年12月15日(金曜日)

外房勝浦西 串浜港 源栄丸

「船に乗って半世紀 人数限定で深場を攻める」

「深場釣りはイトが命」と優しい口調で語るのは、外房勝浦西串浜港で船宿源栄丸を営む目羅徳一船長(69)。漁師歴52年。北海道でのサンマ漁、三陸沖でのメカジキ漁、日韓の国境付近でのサバ漁、大島の水産試験場の試験船での勤務など、幅広い漁業経験を経て串浜港で釣り船を開業した。

長年の経験から「いいイト」を使うメリットを肌で感じてきた。イト伸びしないもの、高強度、メーター表示が正確なものを深場釣りで使用するメリットは大きいという。現在、ムツ・メダイ、キンメ、スルメイカなどを中心に出船しているが、開業当初は漁師根性が抜けず、釣らせたい一心でお客に怒鳴ってしまうこともあった。

「釣れない人を見ると、俺自身も参っちゃうんだよ」と苦笑いしながら当時を振り帰る。しかし、70歳を目前に控えると心に大きなゆとりが生まれる。

お客に怒ることも自然となくなった。やがて、お客さんが少しでも楽しめるようにと乗客を6人限定にすることを決断。深場釣りの場合は片舷だけに釣り人を座らせる。

これでオマツリは激減。お客は大喜びし、帰り際に年間スケジュールで予約を入れた人もいたとか。船に乗って半世紀。

“超”が付くベテラン船長は、「事故やケガがなかったことだけは誇り」と勝浦の海を優しく見つめた。

▼源栄丸
0470(73)3846

※2000.12.15掲載


2000年11月3日(金曜日)

外房 太夫崎 鈴丸

鈴丸 鈴木武男船長

「大事故から復活した奇跡の男 ヒラメ、ハナダイほかに力入れる」

「もう海に出られないかもしれない」外房江見太夫崎港で釣り船「鈴丸」を営む鈴木武男さん(57)はその時そう覚悟したという。平成10年11月20日、車で港に向かう途中で悪夢は起こった。

対向車が突然、センターラインを超えてノーブレーキのまま鈴木船長の車に突っ込んできた。まさかの大事故で、あばら骨から下半身を複雑骨折。内臓やヒザも激しく痛め、「死んでいてもおかしくない」とまで言われた。

釣り船復帰のめどがつかない中、「1日も早く大好きな海に出たい」との執念から、諦めることなくリハビリを続け、ついに今年の9月に奇跡の復活を遂げた。

「久しぶりの海は気持ちよかった」と語る鈴木船長は、今後ベストシーズンを迎えるヒラメとハナダイ・イサキ五目に力を入れていく方針。すでに釣らせることに気持ちは切り換わっている。

事故直後、「神様がまだあの人をこの世に必要だとしたから、大事に至らなかったのでしようね」と、奥さんが話してくれたのを思い出す。

過酷なリハビリを精神力で乗り超えた鈴木船長。この復帰を祝うかのように、太夫崎でヒラメが好スタートを切った。

▼鈴丸
0470(93)0233

※2000.11.03掲載


2000年10月27日(金曜日)

外房・片貝港 東栄丸

東栄丸 安川光男船長

「明るく楽しくが信条 釣らせることに人一倍真剣」

すっとんきょうな声で軽妙な冗談を次から次へと連発する外房片貝港・東栄丸の安川光男船長(45)。第一印象は“漫才師”の安川さんだが、18トンの大型船を有する腕の確かな船長だ。

釣り船歴は8年と短いが、長く刺し網漁に従事していただけあって片貝沖の根は熟知している。東栄丸の釣りはコマセシャクリで狙うハナダイを中心に、ヒラメ、イサキ、アカイカなど季節に応じた釣り物を織り交ぜている。

明るく、楽しくが東栄丸のモットーで船長のキャラクターはまさにそれ。釣らせる腕を前面に出さず、明るく楽しくをモットーに打ち出すのは、船長のある種の照れかくしなのだろうか。連発する冗談のあいまに、本音ともとれる船長のつぶやきがあった。

「釣り船を始めて8年。最近はずいぶん白髪が増えたよ。とくにヒラメのシーズンはね」この船長の冗談を連発させながらも、釣らせることに対しては人一倍真剣なのだ。

サーカスの道化師ピエロが厚化粧を落とした時、そこにはまじめな男の素顔があるのでは…。ピエロの素顔を一瞬見た思いがした。

東栄丸
0475(77)2072

※2000.10.27掲載


2000年10月7日(土曜日)

外房・興津沖合丸

興津沖合丸 和佐間健船長

「安全、快適な釣りを約束 周年カモシでヒラマサ・マダイ」

外房勝浦地区独特の釣法、カモシ釣り。その開発者として知られる和佐間健さんは、興津港で釣り船「沖合丸」を操る名船長だ。

ヒラマサ、大ダイとの戦いに明け暮れ、同地区の釣り場作りに全力を傾けてきた和佐間船長の最大の楽しみは、「お客さんとの出会い」だという。

漁師時代には考えられなかった異業種の人との交流。学ぶものは大きかったそうだ。最近は高齢のお客様も目立ち「沖合丸にくるんが楽しみで長生きできますよ」と声を掛けられることも。

また、中にはスーツのままできて、サロペットなど借りて釣りをしていく人もいる。「魚をいっぱい釣ってよかった」だけでなく、「興津に行って楽しかった」と心から思ってほしい。

そのために二隻出船時以外は助手が二人乗り込み、仕掛けの交換、エサ・コマセ配りなど、細かいサービスを徹底。乗船者は釣り座を離れることなく、安全、快適に釣りが楽しめる。

夏場の暑い日は冷やしたスイカを切って配るなど、釣り客への思いやりと気配りを忘れない。「船上で思いっきりリフレッシュしてほしい。遊びにきたお客さんが肉体的に、精神的に健康になって帰ってもらうのが目標」とキッパリ。

沖合丸は周年カモシ釣りで出船。かたくなに力モシ釣りにこだわる老舗船宿は、実は何とも現代的な“いやし系”の船宿なのだ。

▼沖合丸
0470(76)2404

※2000.10.07掲載


2000年9月22日(金曜日)

外房 飯岡港 隆正丸

隆正丸 芳野隆さん

「業界発展のアイデア模索 遊漁船基地の老舗」

一度会ったら忘れられない独特の風貌と声の持ち主である芳野隆さんは、外房の一大遊漁船基地である飯岡港の老舗船宿「隆正丸」の船主。

ベテラン船長でもあるが、舶長は仮の姿と思えるほど様々な肩書きを持って釣り業界の発展に寄与している人でもある。名刺には会長、顧問、理事、委員といった文字が10数個。

お堅い人のように思えるが、実際はそんな素振りも見せず、とても気さく。釣りを通じての人と自然のふれあいが、いかに青少年の健全な育成と最近とみに薄れてきた親子のふれ合いに効果があるということを熱く語ってくれる。

子どもたちを非行に走らせないためにとファミリーフィッシングを提唱し、平成2年からは女性・子供半額料金を設定。男だけのものと思われていた沖釣りの世界に女性を進出させて初めて釣り業界の発展があるという信念から実施したもので、新造船を造る時も女性・子供にやさしい仕様にして安心して乗れる船を目指したという。

なお、現在、主に狙っている釣り物は、ヒラメ、キス、ハナダイほか。とくにヒラメは絶好調で、ビギナーでも型見るチャンス大。高級魚の魅力に取りつかれたリピーターも多いこれからも、体力が続く限り、常にアンテナを張り巡らし業界の発展のアイデアを模索したいと胸の内を明かす。

隆正丸
0479(57)5432

※2000.09.22掲載


2000年9月15日(金曜日)

外房 太海 鈴木丸

鈴木丸 鈴木隆船長

「遊漁40年のベテラン。おすすめターゲットはクロムツ 真沖は自分の庭」

外房の太海港で釣り船「鈴木丸」を営む鈴木隆さん(73)は、遊漁歴40年の大ベテラン船長。20歳からさまざまな職漁にたずさわり、太海沖は自分の庭のように知り尽くす。

このベテラン船長がこだわるのが“天候”。港に着いたらシケで出船中止、そんなことで釣り人に残念な思いをさせたくないと、就寝中も携帯電話を身につける。

深夜の出船可否の問い合わせも気持ちよく受けてくれる。「ナギの海はそれだけで気分がいいし、土産もまず持たせられるからね」と釣らせる自信ものぞかせる。

多彩な魚が釣れる太海沖だが、いま一番のお勧めターゲットは、特製フラッシャーサビキで狙う高級魚クロムツ釣り。周年狙えるが、もっとも数上がるのが秋。未経験の人はその魅力を体感してみては。

「人が好きだから」と話す鈴木船長。優しい人柄にひかれて多くの常連客が集まる。そして彼らは口を揃えて言う。「田舎の親戚の家に遊びにきたように安らぐ」と。

▼鈴木丸
0470(92)3796

※2000.09.15掲載


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